[第246回] レバ10倍規制の代わりに
■対維持証拠金自己資本比率という案
最近の私のコラムで言った通り、本質的なレバ規制の効果は投資家保護ではなくて、業者保護である。少なくとも私はそう主張してはばからない。しかしこれだと投資家の自由度が奪われる。当然業者もそれは望まないし、投資家の多くも望まないだろう。日本の外為業界は外為証拠金取引が始まるまで世界の外為市場においては後進国並みの扱いしか受けてこなかった(言いすぎかな・・・)ちっぽけな存在だったが、今やトップグループに食い込んだともいえる。日本の為替市場の半分以上(60%弱)は外為証拠金業界が生み出しているという調査もある。その市場を維持したいというなら、提案として「対維持証拠金自己資本比率」を使うという手がある。「」は私の造語であり米国の純資産比率をヒントにしている。
米国でも使っていた純資産比率ルールと同様で、しかしそれと同じことかどうかまでは正確に言えないが、このモデルを簡単に説明すると、
顧客の維持証拠金額に応じた(掛け目)額以上を自己資本として維持するというルールにするのである。
仮に、過去の●●ショックで顧客の未収金がどれくらい発生したかを見ればその額とその時の顧客の預かり資産(実預託ベース)や維持証拠金額を比較することでどれくらいの顧客資産が棄損するかがわかる。そしてそれと同額以上の自己資本を維持しているということは、そのような未収金が発生してもその業者はつぶれないということになる。
これはレバ規制という投資家を巻き込む「副作用」を伴わずに、業者の顧客の未収金による破たんリスクを回避する策としては“きれいな案”である。ただし、副作用は逆に働く。自己資本が思うように積み増せない業者は、客からの新規の預かりをお断りしなくてはならない。あるいは、客の新規建玉を制限しなくてはならない。具体的に定義するとこういう感じになる。
『業者は顧客の建玉から計算される維持証拠金額(現状のレバ規制4%に相当)に掛け目[m]を乗じた額以上の自己資本を顧客資産に発生する未収金の補てん原資として常に保持しなくてはならない。ただし維持証拠金額はその時点で当局が内閣府令で定める計算方法(下段モデルパラメータ[r])に基づく額とする』
仮に上記例mが10%だったとする。今顧客の建玉に係る維持証拠金額が1億円だったとすると、1千万円が必要自己資本としてカウントされる。現在の自己資本がちょうど1千万円だったとしたら、新たな顧客の建玉を停止せざるを得なくなる。もしくはさらに自己資本を積み増す必要が出てくる。
これを実行に移すに際し、これも再三このコラムで主張しているが、証拠金モデルを現在の一律4%(つまり対口座レバ規制)から通貨ごともしくは現在の法人レバ規制モデル(対通貨ペアレバ規制)と同じにする。むろん倍率も法人と同じとは言っていない。大切なのは、当局が通貨ごとのレバ規制倍率を予見されるリスクに応じて臨機応変に変えることができるという機能である。これがあることを前提としたいところである。
さて、式で書くとこうなる。
(a) 客の法的規制の掛け目による維持証拠金額=客の建玉 x r
(r=レバ規制比率%、通貨、通貨ペアごとに定義できる前提)
(b) 業者の必要自己資本額=(a) x m
つまり、客の維持証拠金額 x r x m =業者の必要自己資本額
となり、rとmは計算式の中に共存することになる。これで当局は、投資家に対するリスク調整パラメータとしてrを使い、業者の破たんリスクをコントロールするパラメータとして主にmを使うことができる。ただし、mがrの影響を受けず独立してコントロールしたいなら、上記のb)を以下のような式にする。
(c) 業者の必要自己資本額=客の建玉 x m
そしてm>rを維持するというような運用上のルールを方針として出す。
具体例を使ってみてみよう。金先協会の公開データから2017年10月から以下の数値を見る。
顧客区分管理必要額:?当月末必要額 1,194,961(百万円)
顧客建玉計 6,346,003(百万円)
対実預託額実効レバレッジ 19%(倍率でいうと5.3倍)
この5.3倍は投資家が預託している純資産合計であり余剰も含む。つまり預託はしているが建玉がない口座残高や、余剰額も含まれているため、実際に建玉がある口座の資産残高だけを対象に計算したら倍率は5倍ではなく10倍ぐらいになっているだろうと推察する。ここから本当に建玉を維持するに必要な額としてレバ25倍(4%)規制分の維持証拠金を計算する。
建玉計6,346,003x4%=253,840(百万円)
現在この253,840百万円が業界全顧客建玉の市場売りスクの担保(維持証拠金)としてカウントされている。しかし市場が4%以上突然ジャンプすると、この額はすべて消え去るし、それ以上の損失が出ると業者は未収金というリスクを負うことになる。
さて、ここで仮にマーケットが7%分急落/急騰するリスクを想定したとしよう。そして単純に7%−4%=3%分の未収金が発生したとする。その額は190,380(百万円)となる。仮に、ここで使う数字は外為証拠金業者全部の数字だがこれを一社のそれと仮定すると、この仮定業者の自己資本(この場合原則固定化されない自己資本分を前提とする)がこの額を上回っていれば、この業者は未収金の全額の回収を放棄したとしても理論上破たんすることはない。むろんその後の事業継続に係る自己資本の問題はあるがそれはここでは割愛する。
このモデルのコアな部分としては、対象とする顧客資産の実預託額ではなく維持証拠金額(上記の例でいうrを使った額)に対してmの値をいくらにするか。あるいはダイレクトにmの値を導き、その前提でその根拠をどこに求めるか、またその額以上の自己資本の額という場合のその額の計算対象の資産はいわゆる固定化されない自己資本にするかどうかになる。
モデルを変えてもrやmの率を上回る“想定外”のボラティリティが発現すればFXCMのような事態は起きる。100%完璧などない。ただしそこに向かっていろいろな手を打つという不断の努力は不可欠である。今回提案したモデルは、投資家サイドに業者の破たんリスクを負わせないという意味では効果がある反面、業者の自己資本増強圧力は高まるのだが、本来はそれが正しいやり方のではないだろうか。現行の自己資本規制比率における120%ルールは、客の建玉が持つリスクとの相関性がないのでその点において、ここで提案するモデルの方が勝っていると思う。相関性がないとは、計算モデルの中にある市場リスク額は、あくまでも業者のネットポジションから生まれるリスク額であり、客がどれだけ建玉を持とうとカバーの仕方次第ではどうにでも調整できてしまうという意味である。
金融ビジネスがいかに資本集約型であり電子装置集約型であるかは今までも折に触れここで主張してきたとおりである。金(カネ)がたんまりあって、システムが頑強で柔軟なところが一番高い確率で生き残る産業である。技術力は大体平準化している。新たなイノベーションが勃興している過渡期ぐらいしかその部分の競争力差異はないだろう。
レバが25倍だろうが10倍だろうが、未収金を出したときの投資家に極端な分け方をすれば2種類のパターンしかない。一つは、そもそも預けていたお金はリスク(投資準備)資産の一部だから困らないという人。もう一つは、それがすべてだったから支払い請求を受けても払えない、自己破産するしかないという人である。だからこそ、その前に証拠金制度は市場リスクに対して万全ではないということ、顧客にとって信託保全は業者に対する取引先リスクを回避してくれるが、市場リスクを回避してくれるわけではないということを最初にちゃんと理解してもらうことが第一であり、かなり大胆な言い方をお許しいただければ、それ以上の保護は規制という形では必要ないというのはこの20年変わらぬ私の考え方である。あえてこの部分に手を加えるなら、「業者は未収金を相手顧客に請求する権利を持てない、あるいは自動的に放棄する」という条件を法的に有効(強制)にするかである。米国はこれを個人顧客に対しては有効にしている。FXMCの時もこれは使われた。これがあれば後は客ごとにレバレッジを業者が勝手に設定したっていいのである。理想論ではあるが、このほうが個人の自己責任と業者の自己責任がきれいに分かれて見えるようになる。
▼尾関高のFXダイアリーをご覧のみなさまへ
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