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尾関高のFXダイアリー

[第249回] 店頭FX業者における決済リスクまたそのシステミックリスク(3/3)

>【第248回】店頭FX業者における決済リスクまたそのシステミックリスク(2/3)


10.ストレステストと機動的レバ規制


 誤解のないように言うが、ストレステストはあくまでもその業者の破たんリスクであり、破たん時の負債額の最大値はどれくらいかを図るツールである。その情報をもとにしてカバー役をしている銀行側も自前のストレステストや与信管理の信頼性の見直しは常にしているだろう。それで問題があればカバー役の銀行はすでにその業者に対する証拠金の引上げ等をする。これは規制以前の自己防衛である。ブレグジットやスイスショックの時も業者に対して証拠金率を上げていた金融機関は多い。少なくとも大手金融機関は当局に言われなくても彼ら自身の問題として必要な検証と対応は常にやっている。ようはFX業者もそれを見習えばいいのである。競争原理上、25倍までと規制があれば業界全体がそのラインにピタリと張り付くのも自由競争としては結構だが、自己防衛として常に市場と自身のサービスによる複合的リスク許容度は、それを観察し続け機動的対応ができる体制があってこそ機能するし、するべきである。自分を守ることは客を守ることでもある。ブレグジットの時、英国の業者は事前にFCAの求めにより(英国の先物業者からそう聞いている)ポンドのレバレッジ率を4%(25倍)から8%(12.5倍)に引き上げた。こういう当局側による機動的な規制行為が日本も現行法で可能かといえばそうではない。だからこそ今そうあるべきだと思う。その詳細も私の過去ログに記載しており、ここでは改めて簡単に触れる。

現在の個人と法人でレバ規制比率が違うのは構わないが、その計算ロジックや運用ルールが違うのはおかしい。同じ市場リスクプロファイルを持つものには同じ市場リスクモデルを使うのが当然である。
という前提に立って以下の提案をし続けている


私の提案


(1)証拠金率は通貨ごとに定義する。

(2)そのうえで、当局は想定される市場の変動率の上昇や流動性の枯渇を鑑み、必要に応じレバレッジ規制比率を一時的に変更できる権限を持つ。市場の動きに合わせた即効性のある規制のパラメータ変更権限を当局は持った方がいい。システムの進化により、今はそういうことができる時代である。モニタリングがリアルタイムに近づくにつれ規制のパラメータもそれに合わせて機動的に動かせなくては意味がない。

(3)変更に際してはその根拠、考え方を開示する。理由説明なく突然変えられては市場の信頼は得られないから当然必要である。

(4)市場リスクは法人でも個人でも等しくかかるのだからモデルがそれぞれ違うのは論理矛盾である。よって同じモデルにしたうえで、レバレッジ倍率を個別に定義すればいい。現在協会が開示する法人向けモデルは個人に使われているモデルよりも合理的で論理的だからそれにまずは合わせることが良いと思う。あとは観察期間と頻度とシナリオの多角化である。今のシナリオはとりあえずお始めという程度である。もっと上述するようなシナリオも検証の対象にした方がよい。


11.自己資本規制比率の改良


(5)そのうえで、自己資本規制比率の建付けに修正を加える。さらにその結果、破たんリスクが高い業者と低い業者を選別して、その程度に応じた業者ごとの顧客に対するレバ規制比率を調整するという発想はありだが、そうすると結局業者の淘汰ということになる。その考え方は間違いではないが、果たしてそこまで踏み込めるだろうか。

これは個人投資家にしてみれば新たな価値観の導入になる。法人の世界では信用力の高い銀行とそうではない銀行で同じ商品でもサービスに差が出る。自己資本規制比率が1,000%の業者と180%の業者でどちらも最大レバが25倍というのは、業者にとっても顧客にとってもリスクの側面からすれば同等だが、信託というスキームがある今、破たんリスクについては業者だけの問題になる。これと未収金の発生頻度や額とは何の関係もない。それは上述の通りインターバンク市場の状態と、カバー先の流動性が対象となる問題であり、加えて、これが重要だがその業者が使っているシステムの仕様とパフォーマンスの問題である。

規制比率計算対象の市場リスクは日中の観察を対象とするだけで大きく変わる。取引先リスクの今の定義は古すぎる。格付けがあるかないかを尺度にするのはリーマンショックを思い出せばナンセンスになってしまっている。カテゴリー定義自体も見直すべきだし、この掛け目ももっと動的に当局が変えられる権限を持つべきである。さらに言えば、今の方の条文は店頭外為証拠金取引やその他原資産のCFDに対応していないし、説明する用語の定義が現実にあっていないものが多すぎる。もっと言えば仮想通貨もCFDになればこのカテゴリーであるべきである。そろそろオバーホールの時期だと10年前から主張していることに変わりはない。

副次的効果として、業者のPBを担う銀行にしてみれば、対する業者のリスクが透明化されるのであれば、それを利用して今よりよい与信条件がもらえる可能性もある。


12.未収金か資産の毀損か


 レバ10倍の議論は冒頭のテーマとは関係なく、業者が破たんするリスクと投資家保護という観点だけで考えればいいと思っている。以下はあくまでも“テーマとは別の議論”として触れる。

未収金リスクを減らしたいとき、十分な流動性を伴う変動率の急激な上昇時はレバ100倍とかのほうが傷は浅い。“システムが高性能で迅速に処理をしてくれる限り”すぐロスカットできるからである。逆にレバが10倍とかの低いほどに、客は深く耐える分より傷つく。流動性が不十分あるいは枯渇した後に極端に違う相場水準で戻ってくるとき(例えば、110円から一瞬相場が消えて、数分後に100円で戻ってきたとき)は、レバが10倍だろうが25倍だろうが大して関係なく資産は大きく傷つく。レバ規制がタイトだったけどという話は慰めにならないという意味である。これはレバをどうするかの問題だけではなく、そういう事件が起きないような金融市場そのものの課題である。店頭FX業者だけレバ10倍にしても何の効果もない。もう少し事象を下表で整理しておく。



顧客資産を守るという話の時いつもあいまいだと思うのは、顧客の「資産」を対象にした話なのか、それとも業者に預けている「証拠金」の話なのかということである。前者であれば、上表でいう「同等」リスクである。逆に後者であるというと、それは統計上表面化して見える「未収金額」を指すので、レバ規制はタイトな方がその額や件数は減る。わかりやすく例を挙げれば、証拠金として預けたお金100万円のうち強制ロスカットで80万円を失ってもこれは未収金としては見えないが、別の人が50万円を預けていて、同じパターンでロスカットをくらい80万円の損を出せば、30万円が未収金として統計的に見えてしまう。顧客資産の観点からすればどちらも同等に扱われるべきだが、未収金という目線だと「ない」と「30万円発生」という決定的な違いになる。ここは、はっきり当局において評価スタンスをどっちに置くかを宣言すべきである。でないとこれについての議論が論理的にまとまることを期待できない。


13.まとめ


結論として私の頭では、店頭FX業界の現状を前提に、業者“発”の世界的金融システムに重大な悪影響を与えるシステミックリスクのシナリオを挙げることができない。

業者が破たんするなら個々の問題として破たんすればいい。それは本テーマのシステミックリスクにつながらない。CCPはその対策にはならないか、なっても副作用はより大きい。店頭業者はみな顧客資産を信託しているという点を忘れずに議論してほしいし、決済の集中はそのリスクの集中である。

業者のカバー率が低いことがシステミックリスクを増大させるという主張があるとするならそれは大きな誤解である。カバー率が低いほどシステミックリスクは下がる。

統計上あからさまになる未収金を減らしたいのか、実質的個人投資家資産を守りたいのかはかかる議論でよく混同される。議論する人自体その区別がついていないことがある。

現在の店頭FX業者がカバー先の金融機関に流す取引が生み出す市場リスクは銀行側にとって破たんシナリオ、しいてはシステミックリスクにつながるだけのインパクトがあるかどうかの定量的な検証なしの議論に意味はない。それありきの議論は乱暴すぎる。処方箋はまず法規制の修正すべき点を探すという努力があるものだがそういう議論はこれから始まるのだろうか。であればぜひ私の提案を検討してもらいたいと思う。何なら参加させてもらえれば誉である。


B2Cの店頭FX取引システムはそれ自体独自進化している。その設計や運用経験者の意見は、貴重である。かかる議論の本質にシステムの仕様や機能、非機能は大きくかかわる。その事実が何時も無視されているが、そろそろ気が付いてもいいと思う。私は当局が金融システムを開発しているいわゆるフィンテック企業との直接対話ができるような機会を作るとよいと思う。彼らの一部は業者以上の知見を持つ者も多い。

ずっと主張していることだが、金融市場のリスクを語るとき、市場のルール(法規制、慣習)、現状(リスク分解のロジックと実務)、業務実態(決済以降)、経理処理、コンプラ規定、利用するシステムの仕様(ソフトウェア)と非機能(ハード等の能力)といった分野をできる限り広く深くわかっている人がいればいるほど議論の質は上がる。こうした差し迫った議論は現場にいる人、あるいは彼らとのコミュニケーションを深くとっている人でないと理解しえない。効果的なアイデアも浮かばない。

レバ規制を10倍にすることでシステミックリスクは回避どころか低減させることもできない。そもそもシステミックリスクの概念とレバ規制を結びつけること自体「不整合」である。その説明は上で十分できていると思っている。今必要なのは検証と仮説の設定とそれに合わせた規制比率モデルの見直しと、それの柔軟な運用体制の確立であると私は思う。


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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