[第238回] ダークプール(ミッドポイントマッチング)の仕組みと利用法:パート1
今回のテーマは3回にわたって展開するつもりである。パート3までどうぞお付き合いください。
1.ダークプール(Dark Pool)とは
通常我々がLPのレートと呼んでいるものはリットプール(Lit Pool)に属する。取引所取引もリットである。日本では”Lit”以外に”ライト(Light)“という言い方も聞くが和製英語である。
大まかな線引きをするならば、リットとダークの違いは、売り気配、買い気配、それらの注文数量(いわゆる板)、取引の歩み足、レートを出している主体が取引当事者同士以外の参加者、あるいは一般に公開されているかどうかということになるが、細かい点まで皆同じではない。リットと比較してダークプールの最大存在意義は何かと言えば、ダークプールでの約定は、マーケットにインパクトを与えないという点に尽きる。その意義を実現するために個々のダークプールはいろいろな仕掛けを用意する。主だった共通点や特徴を挙げれば、
- 取引相手の実名を明かさない(匿名の場合とニックネームの場合がある)
- 約定はマッチング方式を採用するため約定拒否はない
- したがって、参加者にメイカー、テイカーの上下関係はない
- 約定に使われる価格はリットプールのベストビッド・オファーの内側であり、ほぼ仲値となるように仕掛けられている
- 注文板(デプス)や約定の歩み足(約定履歴)は見せないか、限定的に開示する
- 決済(清算)について、ダークは相手を匿名にするため第三者でないと成立しないので集中決裁者を必須とする
- 参加者は主に、ファンド(年金、財団基金、ヘッジファンド)、法人といった実需系の機関である
- マーケットにインパクトを与えない
ダークプールの市場規模はわからない。わかったらダークではない。しかし現場の人に聞いたりいろいろ噂話を聞いたりする限り全体の2割ぐらいはダークでぶつかり合っているような気がする。
私が特にダークに注目している理由は、インターバンク同士の取引においてダークの利用割合が2割〜3割の比率で使われているようだということ、そしてその割合は3割程度から今後果たして増えていくのかどうか、さらにこのダークプールを外為証拠金業界に如何に取り込めるかという3点である。これらのテーマを追求する意味で、まず基礎知識をまとめてゆくことから始める。
1.取引相手の実名を明かさない
参加しているのは誰かがわかってしまったら、どういう売買興味(インタレスト)を持っているかが推測されてしまう。そのため互いに名前は伏せて、一切明かさないか、あるいは記号で認識する手法が取り入れられている。前者を匿名(Anonymous)というなら、後者はニックネームとかタグネーム(Pseudonymous)という。私の知るダークプールでは、参加者ごとに番号が割り振られ、この取引は100234番と当たったという情報は手に入る。
2.約定はマッチング方式を採用するため約定拒否はない
どのダークプールも原則マッチング方式である。マーケットメイカー方式はダークプールの趣旨に向いていないからである。マッチング方式にすることで、これ以外の条件を実現することができる。匿名性や約定拒否をしないなど利点は多い。
3.したがって、参加者にメイカー、テイカーの上下関係はない
そこに集う者はみな参加者(Participant)になる。誰であろうと平等に扱われる。
4.約定に使われる価格はリットプールのベストビッド・オファーの内側であり、ほぼ仲値となるように仕掛けられている
ダークプールはかならず現在のリットプールのベストビッド・オファーがどこにあるかを観察している。そのためこのようなダークプールを運営する主体にはインターバンクの銀行か、それらのレートをアグリゲートするASPがなることがほとんどである。実際開示されているASPとしてインテグラルとファストマッチ社がある。かれらはともにインターバンクFXのアグリゲータである。銀行もいくつか参入しているがすべてではない。
約定に使われるレートは、外部もしくは内部で観察可能なリットプールのベストビッド・オファーから単純に仲値をつかう場合もあるが、それ以外にはインテグラルのように、気配よりも約定情報に重きを置いて単純な気配の仲値よりもその瞬間ごとのモメンタムを反映するFXBenchmark®をパブリッシュしている。ダークプールとはいえ、いくらの価格で約定するのか全く分からないのではそのプールの品質が評価できない。そのため「今約定するとしたらこのレートでします」というレートを外部に開示するというところまではやるのが一般的である。
5.注文板(デプス)や約定の歩み足(約定履歴)は見せないか、限定的に開示する
市場に対してニュートラルであるという価値を維持するためには、参加者のインタレストが他の参加者にもわかってはいけない。そのためいくらで買いたいとか売りたいという情報は一切他の参加者にも開示しない。むろんいくらでどれくらい約定したかという情報も開示しないか、インテグラルのように約定した価格の歩み足だけは参加者にリアルタイムで開示するが、約定したアマウントは非開示とする場合もある。むろん売られたか、買われたかという情報もそもそもマーケットニュートラルの前提なのでそのような情報は存在しない。基本概念は“真ん中で出会った”である。
6.決済(清算)について、ダークは相手を匿名にするため第三者でないと成立しないので集中決裁者を必須とする
相手がだれかを伏せるのだから直接相手と決済できないし、したくない。したがって、プールの運営者が銀行の場合はその銀行が集中決済者として役割を果たすこともあるだろうし、FXで普通に使われるPBのスキームをここに連結させてPBに集中決済してもらうというモデルもある。アグリゲータのプールはアグリゲータ自身決済業務ができないので、PBを利用する前提でデザインされている。
7.参加者は主に、ファンド(年金、財団基金、ヘッジファンド)、法人といった実需系の機関
大口のインタレストをさばきたいというインタレストを持っている中心的存在は、ファンドである。ファンドにもいろいろあって、一般的な投資信託を運用するファンド、年金基金、大学などのエンダウメントファンンド、ヘッジファンド、そして海外の企業買収等に絡む大口の資金移動があげられる。例えば日本企業がアメリカの企業を1兆円で買収すると報じられれば、市場は必ずそのドル買いの注文がどこからいつ出てくるだろうと身構える。しかしこれがダークプールで誰も気づかぬうちに捌かれるとなると、マーケットに対するインパクトは極めて限定的になるだろう。実需でドルを買う相手が実需のドル売り需要であればそのポジションはポジションとしてマーケットの残らないため市場に対するプレッシャーを与えないという理屈は一般の人にはわかりづらいかもしれないが、“オープンインタレスト”という言葉を知っている人なら簡単に理解できると思う。わかりやすく言えば、ポジションとして持つということはいずれ反対の取引をするという因果が市場の中に残るということでもある。一方実需は買い切り、売り切りなのでそういう因果が残らない。オープンインタレストとして残らない。
8.マーケットにインパクトを与えない
上記の説明を読んでもらえばおおよそ推測のつく話だが、リットプールで大口の売りが発生すれば当然相場は下落する。これをマーケットインパクトと呼ぶ。これは売り手にとっては避けられない現象である。「どうして私が売り出すと相場が下がるんだ」と言っても、「それはあなたが大量に売っているからですよ」という話である。ダークにおいてはそういうインパクトがない。
さて、大まかなポイントの説明はこれくらいにして次に、ダークプールの仕組みについてみてみる。
2.ミッドポイントマッチングの仕組みについて
ダークプールはすべからくミッドポイントマッチングというわけではないだろうが、ここでは主にそれを前提に話をする。また、便宜上ミッドポイントマッチングと呼ぶが、必ずしもベストビッド・オファーのど真ん中を意味しているわけではない。大まかに真ん中という程度の意味として受け止めてほしい。
約定に使われる価格
どこのミッドポイントマッチングでも原則自前の約定に使う価格の生成ロジックを持っている。繰り返すがこれは単純にベストビッドオファー(BBO)のど真ん中とは限らない。どのダークプールもこの価格生成の価値を以下のように認識しているだろう。
『その時点において世界中でその商品(銘柄、通貨ペア)を売り手であれ買い手であれ、取引する人たちの誰にも「裁定取引」されえない、歪んでいない、客観的に公正なフェアバリュー(Fai Value)である』
何がフェアバリューかという議論は突き詰めればきりがなさそうである。特に店頭市場においては、取引所とちがって世界中で同じスペックの商品が無数の“場”において取引されており、一物一価の原則などありえない。それでもIT革命の恩恵によって、それらの無数の“場”から瞬時に約定や気配の情報を摘み取って一か所に集め、それらの集積結果としてのフェアバリューを算出したり、アグリゲータやFX市場における大手の銀行が自分のもつリットプールの取引や配信気配データを利用して自らのフェアバリューレートを生成したりするプロセスを見る限り、それは確かにフェアバリューといえる質を大まかには実現しているのではないだろうか。さらに、「裁定取引されない」という点が、フェアバリューの算出において気配よりも直近の約定したレートに重きを置く意味として理解できると思う。それはどういう意味か。例を使って説明を試みる。
例えば現在のBBO(Best Bid and Offer)が110.050-110.055であっても直近何度もオファー110.055が買われ続け、また同じオファーがさらされ続ければ、ベンチマークは限りなく110.055に近づいていく。買っても、買っても次から次へと同じ売値がどこからともなくでてくる状態を指す。想像してほしい、その時ビッドがいくらかを気にする参加者がいるだろうか、と。そういう時参加者がいう言葉は「私もそこで売りたい、買いたい」だけであるということを。一方、直近に約定が一切ないと、寄りかかる約定根拠がないため単純平均値110.0525に寄って行かざるを得ない。したがってこのようなミッドポイントマッチング市場のようなダークプールをサービスするASPは、併設的にリットプールをもちかつそこでの約定水準や売買気配レートが世界的に取引されるそれらに対してかい離しない(裁定が働いている)レベルの十分な流動性があることを前提とする。つまり「最良執行が可能な市場」ということができる。自分のもつシステムの中で売買される取引が世界中のそれらと比較して歪んでいないという確信が持てるだけの統計データを積み上げさえすれば、そのシステムベンダーはそのレート(一本値)を自前の“ベンチマーク”として売ることができるだろう(誰が買うかは別にして)。そしてこういう意味や意義をもつベンチマークをマッチングレートとして利用するのがミッドポイントマッチングである。名だたるインターバンクやアグリゲータなら最良執行可能なレベルの流動性は手元にある。だからこそ彼らはダークプールを作ることができる。
各社が開示するベンチマークは最良執行価格としての質は高いとはいえピッタリ一致するとは限らない。その歪みこそがノイズをそぎ落としてもなお埋まらない歪みだと言えそうだが、それを裁定取引したい輩がいたとしても、ダークであるためなかなかうまくはいかない、ととりあえずは想定しておく。
強調したいのは店頭市場においてこのベンチマークの存在は大きいということ。FX業者目線で自分が今たたいているLPのビッドやオファーが果たして世界的に見てベストかどうかを評価するときに大いに役立つ。そしてその評価として自分の手元に集めた流動性が劣後していると判断したら、より良質な流動性を探し求めるという客観的動機が生まれる。そしてその行動には現実的な成果が期待できる(夢を追っているわけではないという事実)。
参加者
ではそのダークにどういう人が入ってくるのか。いくつかの要素と背景に分けて段階を追って説明する。ダイレクト市場あるいはそれらを集めアグリゲートされたプールにいるのは国際的銀行を中心としたマーケットメイカーである。マーケットメイカーが出すレートの根拠は、大まかにいえば、EBSなどのリットな市場を基本としつつもモメンタムを予測するような個別のアルゴを利用したスキュー、そして彼らの直接の客から放り込まれる注文約定によって傾きを変える彼らのネットポジションといった要因が考えられる。ではそうしたマーケットメイカーは無限に客の注文を受け入れ続けられるかというとそうではない。特にリーマンショック以降コマーシャルバンクは過度な市場リスクをそのバランスシートにとどめ置ききれなくなった。迂回策としてグループの証券会社にリスクを移すなどいろいろな手を打つもおのずと限界がある。一方、市場ではスプレッド競争が激化し、なかなかモメンタムを無視して取引ごとに鞘を抜くことが難しくなってきた。そうなると客にレートを提示し、約定してからアルゴ等を使ってインターバンク市場で他行へカバーに行くというまったりしたやり方だけでは利益が出なくなってきた。
こうした背景から見える次への動きは、マーケットメイカーとしてリスクを背負ってポジションを抱えるというビジネスモデルだけでなく、並行して自分たちが抱える客と客をぶつけ合って、自分はあくまでもそうした需給をお見合いさせる「私設取引所」的なサービスに特化し、自分はそうした客を自分の“場”に誘い、マッチングサービスを提供し、かつ決済の仲立ちをする対価として手数料をもらうというビジネスモデルを発展させてくることは自然の流れといえる。大手のマーケットメイカーたちにはそれをするだけの力は十分にある。
さて、ではその“場”にどういう客が入ってくるのかだが、大手銀行のFXに関する客には大まかに、年金や大学(エンダウメント)の投資運用部から出てくる注文、投信系のファンド、ヘッジファンド、実需である輸出企業、輸入企業、海外法人買収等に絡む特需といった筋が容易に想像できる。次に一部のヘッジファンドは除いて、彼らの多くの特徴として重要な点を挙げる。
彼ら実需系は今この瞬間のワンティックの値段の動きに敏感ではない。アセットクラスを運用する彼らにおいて為替取引はあくまでも資産の移転、その時点での等価交換であって、その資産にコストをあてこまない。売りたいときに売るべきアマウントを数時間とか一日かけてもいいから、マーケットに圧力をかけないように(ビッドやオファーの気配を逃がさないように)そっと、少しずつ売りたい、買いたい(当然買う場合も同じ話)というのが普通の考え方である。したがってこうした場を提供しているシステムにはVWAP、TWAP、Ice bergといった注文タイプが必ずある。
また、ITにエッジの立ったヘッジファンドあたりは、ステルスとかスナイピングとか呼ばれる、自分の注文は場にさらしていないが、狙った売りや買いが出ると誰よりも先にそれを奪っていくという取引の仕方をする連中もいる。例えば今気配が95-100というときに98の売り指値を入れたとたん即約定するという現象が結果として見えたりする。
ここまで説明すれば大体想像できると思うが、リットプールのLPを10や20集めてアグリゲートしたBBOをたたいている業者の個々の約定履歴と、横にあるダークプールでの約定履歴をタイムスタンプの時系列で並べて同じタイムスタンプの約定を比較すればほとんどのケースでダークのほうがベターなレートで約定しているだろう。なぜならそうなることを保証する取引を行っているからである。その代わり、LPをたたく分にはかからないはずの施設使用料的な費用が発生するので、そこは考慮が必要だが、リットのスプレッドが平均的に0.25であるとするなら、その真ん中で約定する限り0.125の機会利益があるといえるので、施設使用料がそれのせいぜい30%分ぐらい(0.0375)で収まるならば十分効果的であると断言できる。
デメリット
こういうダークをリットと並行して使うメリットはかなりあるということは私の前職の経験から明らかなのだが(うまく使えばディーリング収益は2〜3割アップすると信じている)、一部抵抗感が出る部分がある。
(透明性)
第一に、リットはたたきたいときに必ずそこにレートが見えるという安心感があるが、ダークはそこに反対側のインタレストが“今”いるかいないかがわからないということである。ダークには上でも触れたように多くの参加者はワンサイドしか興味がない“実需”系の客が多い。場によってはサポート的に臨機応変にサイドチェンジをしてくるありがたい客(実質サポーター)もいるかもしれないがそういう人はアマウントが小さいし、運用に失敗するとすぐ消えていく。わかりやすく言えば、試してみないとわからないが当たった時はおいしいのがダークプールである。マーケットインパクト与えないという利点を得る代償としてこのデメリットは不可避である。
(流動性)
第二に、ダークが算出するベンチマークはリットプールから取ってくるので、そっちの相場が荒れてレートが消えるような事態になればダークにいた客もいったん手を引くと考えるのが自然である。ときどき、ダークをリットの流動性が枯渇した時のヘッジ代替手段としてどうかと期待を込めて聞かれることがあるが、事実は逆である。リットに人がいなくなれば、同じくダークからも人は消える。ただし運が良ければ入れ食い状態を独り占めすることもあり得るが、なにせレートがベンチマークなので注文にこのレートかベターでないと売らないという最低条件を入れておかないととんでもないレートで約定しかねないというリスクはリットと同様にある。そういう最低条件を注文に入れられるダークもある。
(オーダールーティング)
第三に、システム的な制約である。通常のオーダールーティングのロジックでこのダークの流動性をそのSORに取り込むことは難しい。通常のオーダールーティングは、たたこうとする相手方のレートとアマウントを情報として必要とするが、私が知る限りのダークにそれはない。あるとすれば今ならこのレートで約定が可能というレートだけのマーケットデータだけである(インテグラルはそれをFXBenchmark®として開示している)。さらにこのプールはマッチング方式なので、原則FOKではなくIOCが主流である。しかし、最近は、そうした要望に応え、指値やFOKに対応し始めている(※)ようなので、プールごとのFIXの仕様をよく研究することをお勧めする。とりあえずは、やるなら別建てのオーダールーティングを作ってそれと並行して従来のオーダールーティングをコントロールする機能をそれらの上流に配置するアプローチが現実的ではないだろうか。
※約定をコミットするミッドポイントのルールそのものは変えないで、参加者は自分の指値を入れることも理論的に可能である。その指値が、プールの持つミッドポイントに一致したときに、相手方がいれば約定するというロジックは実装のロジックとして矛盾しない。
次回は、FX業者のこのダークプールの効果的な使い方について解説する。
【第239回】ダークプール(ミッドポイントマッチング)の仕組みと利用法:パート2 へ