[第222回] Brexit
Brexitの結果によって引き起こされたFX市場への影響について簡単に振り返る。
実際の動きについてGBPUSDとUSDJPYを取り上げる。具体的な相場変動については手前味噌ながらIntegral Benchmark で公開されているデータを利用する。なぜならこれは(簡単に言うと)フィクシングに使われうるレートを秒単位で記録したものであり、約定したレートに重きを置いた「調整仲値」を記録していること、中立的で約定に重きを置いているので信頼性が高いこと、一方インターバンクのビッドアスクレートや業者のそれらではスプレッドが広すぎたり各社間でのそのスプレッドがあまりにまちまちであったりすること、気配なので実際に約定したかどうかわからないこと、などから客観性において前者に比べ品質が良くないと推定されることによる(あくまでも個人的意見として)。ちなみにこのウェブサイトからは誰でもデータファイルをダウンロードできる。
まずGBPUSDを見てみる。当日の高値が1.49924、安値が1.322923で変動率は11.76%だった。USDJPYは、高値が106.6225、安値が99.02で変動率は7.1%だった。以下のチャートの時間軸はUTCである。特徴的に感じるのは、震源地であるポンドドルに比べドル円の急落ぶりだろう。なんとなく日本のこのFX業界で大量のロスカットが発生したことがトリガーになっていたのかなと思ってしまう(なぜなら106円から102円のタイミングだけ見ると大体4%の下落になっているから)。Brexitの経過が刻々と伝わるごとに、Leaveの票数が20万、40万そして最後には100万とその差を拡大するにつけポンドは売られ、円が買われていったことは多くの人が目撃したことだろう。ドル円のほうがポンドドルよりもセリングクラマックス的な事象を表したことは興味深い。
事前に業者からも警告がしつこいほどに出ていたように、今回は過去のスイスショックのような突然のニュースではないので、投資家側は十分これに備えることができたことや、相場自体の大幅な変動もおおむね出会いを伴いながら(約定を付けながら)変動していたようなので、個人投資家のダメージはスイスショックの時ほどではないようだ。今回はショックというよりは「シェイク」という感じだったのかもしれない。むしろトルコ円のほうで痛手をこうむったようである。
個人投資家の方向けに申し添えるが、こうした相場急変の事態になるとインターバンクのマーケットメイカーはメジャー通貨の取引に集中していくのでトルコ円のような実需の薄い、普段からポジションを多く持たないような通貨ペアにいちいちレートを出すのを止めてしまうことがある。なので画面上計算上のレートは動き続けても誰も約定してくれないということは当然起こりうることとして構えていなくてはならない。
今回時間が日本の営業時間ということで私も実際のインターバンクのレートと業者のレートを比べながら見ていたわけだが、インターバンクのスプレッドの回復に比べて業者のスプレッドの回復にはだいぶ時間がかかったように見えた。インターバンクのスプレッドが回復してきても、いざたたけば拒否が続くような心配が大きいと、業者は容易にスプレッドを戻せない。ましてや拒否なしのレートをコミットする業者になるとなおさらである。ただ、困った問題として、追証や強制ロスカットルールを持つ業者においては、スプレッドを広げるだけでいわゆる意図しないロスカット狩りのような状況が生まれやすいことは相変わらず危惧する点である。とある業者では一番低いビッドが97円台の時のアスクが99円台だったりもした。普段0.3銭固定に慣れた投資家にとってこの3円近いスプレッドの出現はなかなか対応しづらいものだろうし、それによって強制ロスカットが発動されてしまうとこれもなかなか納得がいかないかもしれない。それも含めての相場なのだが。
そういえば、Brexitのあと某テレビ局の番組でミセスワタナベ的な女性投資家のトレーディングを追いかけていたコーナーを見たが、彼女は売りポジションをもってBrexitに臨み、クライマックスの下落(円高)で、評価益が500万円近く出ていたが、利食いを開始してから実際にポジションをクローズしたときは確定した利益が50万円程度になっていた。つまり、買い戻しの流れが始まってから追随すると流動性が十分与えられなかったということになる。クリックしても、クリックしても、拒否、拒否が続いたのだろう。目の前の画面に映し出されるレートで自分の売りたい、買いたいアマウントがいつでも全部約定するなどとは今時誰も思っていないとは思うが、それも程度問題ということになる。この流動性の枯渇という問題は排除できないことだけは確かである。唯一の処方箋はポジションをスクエアにして準備し、動静を見極め流動性が戻ったと判断してから再突入するということになる。ちなみにこのミセスワタナベにはいろんな意味で感服した。
欧州のFX業者はBrexitの投票の前の週末をはさんで必要証拠金率をおおむね倍にしたところが多い(彼らはそもそも通貨ペアごとに証拠金率を設定している)。翻って日本では証拠金率は通貨ペアにかかわらずの法定の25倍のまま据え置き、あとはメール等で注意喚起を執拗にというか律儀に行っていた。どっちがいいのだろう。必要証拠金率の引き上げを一週間前ぐらいに告知して実行するということは、それに反応しない投資家のポジションは最悪の場合変更した月曜のオープニングで強制ロスカットか追証発生という悲しい事態に見舞われる。それが今の日本の、すくなくともこの業界ではなじまないことはよくわかる。それをしないで4%のままで突入すると、業者にとっては多額の未収金が発生するリスクが高まる。未収金は投資家にとっても業者にとっても後処理が汚くなるのでできる限り避けたいものだが、上記の理由で4%のまま突入した。多分どの業者も口座開設の時の契約書に証拠金を引き上げることもあるという同意を投資家に求めているとは思うが、“決して抜かない宝刀”という扱いになっているように見える。それも理解できる。ただ、その結果抱えるリスクについては野放しなのである。本来予測できるリスクに対しては事前に対応するというのがリスク管理であることは私が偉そうに言うまでもない。日本の文化という点を考慮すれば今回事前に規制側が「音頭取り」をして証拠金率を業界全体に引き上げるよう促してもよかったかもしれない。
今回ドル円は7%程度の変動だったので、理論的には4%ぎりぎりでロングを持っていた人はほっておけばロスカットもしくは追証、追証になってもその直後にロスカットということが起きただろう。ポンドドルは10%を超えていたので、これも似たようなことが起きただろう。市場リスク額の計算に使われるリスク額の掛け目は相変わらず8%である。大雑把に言うことをお許しいただければ、この8%は私の理解では一日の変動リスクというよりは実質的に一か月分としてとらえている。なぜなら当局への報告や開示義務が月次だから。もしこの8%が日次分のそれだというなら、一方で個人投資家へのそれが4%では逆ザヤということになってしまう。いろんな角度で見れば見るほどリスク管理の常識はもう常識として通用しなくなってきたなという感を強くする。そういえば一律4%という規制を通貨ごと、もしくは通貨ペアごとに変えていくという議論はその後どうなったのだろうか。
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