外国為替取引ニュースサイト

  1. トップページ
  2. >コラム・レポート
  3. >尾関高のFXダイアリー
  4. >[第217回] ストレステスト(2の2)

コラム & レポート

バックナンバー

尾関高のFXダイアリー

[第217回] ストレステスト(2の2)

2. ファシリテーターとしてのファットテイル


“どうやっていい成果を上げるか”ということを今まで前提として話してきたが、そもそも“何が”よい評価になる結果なのかという点で、気になることがあるので触れておきたい。


わかりやすい例を考えて見る。毎日平均的に2000万円前後の利益を上げているデスクがあるとする。しかし1月のスイスショックで、一日で1億円の損を出した。ファットテイルの出現による大損である。また8月のチャイナショックで1億円の損を出した。あなたが経営者だったらこの結果に対してどう思うだろうか。年間の稼働日が200日だったとすると、このデスクは年間で37億6千万円((200日-2日) × 2千万円 + 2日×マイナス1億円)の利益を得たことになる。一日平均1880万円の利益となる。もしあなたが経営者で、この2回の1億円の損失について、それは受け入れがたいと思ったとしたらそれはいかがなものだろうか。これは怒るようなことではない。これは前段で「価格リスクと流動性リスクは違う」といったことにつながってくる。119円から116円に一瞬にして下がった時のチャートを見ると線でつながっているが、実際にその間ではだれも約定していない場合、つまり「流動性が消えている」場合、言ってみれば飛んでいる飛行機が真空地帯に入ったようなものである。「真空地帯に入ったらどうするか」と言われても、「落ちるしか仕方がありません」としか返せない。むしろそのあとのことを考えるなら無用なことはしないで「素直に落ちて、真空地帯から抜けたときに速やかに体制を立て直すための準備をします」というしかない。業者が為替市場のファシリテーターとして市場を相手にする限り、真空地帯を予期することも、回避することもできない。回避するということは本業を辞めるということになる。ここでいうファシリテーターの意味は、投資家を相手にインターバンクの流動性を橋渡しするというサービスをする限り、自分の都合だけでレートを出したり止めたり、意図的に都合のいいようにゆがめたりすることは道義的にとか社会責任上許されないということである。年二回程度の1億円の損失を想定するからこそ、それ以外の日々の収益がどれくらいのレベルで維持されるべきかという適正利益がそれ以外の条件と合わせることで見えてくる。想定する最大リスクから適正な利益を逆算するという発想である。


証券会社で株のビジネスだけをやってきた人は手数料が赤字で終わる日などないから、こういう現象を突き付けられると受け入れ難いかもしれない。しかし金融市場の店頭ビジネスにおいては当たり前のように起きる。何十年も流動性を提供し続けるインターバンクの面々とてそこから逃れるすべはない。ところが、それが当たり前のように本FX業界でほとんど起きないのは市場の流動性がそれだけ充実しており、業者はそれなりなマークアップを乗せ、英知を尽くしたカバーロジック(それらがすべていいかどうかは別にして)を開発運用しているからである、と多少の“よいしょ”をお許しいただければそう言えなくもない。しかし決定的な要因を挙げれば、業者はLPもしくはPBによる強制ロスカットが発生するところまでクレジットを消耗しないか、潤沢にラインを持っている一方で、個人投資家は業者に対して「強制ロスカット」が働くからである。もしも、今年の2回のショックで、日本の個人投資家のレバレッジがすべて2倍でやっていて一人も強制ロスカットが働いていなかったら、あの日大きな収益を上げた業者もそんな利益が出なかったか、もしくは大損をしていたかもしれない。つまり先にギブアップしたほうが負けるという当たり前な話ということになる。


インターバンクに属するメジャーバンクはFX業者に対するリクイディティプロバイダー(LP)であり、FX業者は個人投資家に対するLPである。LPは常にレートをできる限り“安定的に”かつできる限り“恒常的に”出し続ける義務を「不文律」として負っていると私は思う。ただし、それは100%守れはしない。そういう時を我々は“○○ショック”と呼んで例外的に扱う。繰り返しになるが、こういう時はふつうほとんど損をして、わずかな人が得をする。スイスショックの時私が知るLPとして立つ銀行で儲かったという話はほとんど聞かない。みなやられた。FX業者は対LPでは損したかもしれないが、対顧客で儲かっているので全体としては大きく利益を出したところも多かったようである。これは上述の通り業者対インターバンクLPで強制ロスカットがないが、FX業者対顧客にはそれがあることが大きい。個人投資家でも、強制ロスカットされないレベルでのレバレッジでやっていた人は、今頃傷は癒えているはずである(もしも黒田バズーカ第3段?のマイナス金利の時に上値で売っていたら確実に利食っていることだろう)。繰り返しになるが、要するに損切りをしない、しなくていいだけのリスク許容力を持つものが最後には勝つのである。


店頭FXビジネスを永続的に行う上で、ディーリングの損益を日々モニタリングしていると時々大きくやられることがあるならば、それは「ふつう」の現象である。特にのちに○○ショックと呼ばれるようなときに利益を吐き出すのは、それなりに理に適っている。ファシリテーター稼業とはそういうものである。そういうことが一年に何度か起きることを前提とすると初めて日々の平均的利益がどれくらいないといけないかという計算ができるようになる。このシナリオもストレステストの一部である。


ルール通りにすべてが動いた結果、○○ショック的相場変動が起きた日に、想定したレベルの損失範囲内で収まったというならそれはリスク管理上「アンダーコントロール」である。LPとして、あるいは流動性のファシリテーターとしてサービスする業者であるとするなら、個人投資家にサービスする以上、こうしたリスク顕在化のクッションとして年間を通してディーリング損を出す日が一定数あることは許容範囲内である。問題はそれが想定内か想定外か、会社の財務基盤が耐えられるかどうかということである。


▼尾関高のFXダイアリーをご覧のみなさまへ
このFXダイアリーで取り上げて欲しい話題、また尾関さんに書いてもらいたいテーマなどあれば業界内外問いませんので、「件名:FXダイアリーへの要望」として info@forexpress.com までご連絡ください(コラムへの感想でも勿論結構です)。

プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

ニュースクラウド