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尾関高のFXダイアリー

[第208回] 縮む与信−金先協会統計データより

金先協会統計データより。2015年9月 店頭FX業者55社



店頭市場において、上記のようにドルベースでは28,321本のロングポジションが存在する。ここでいうロングとは通貨ペアごとのロング、ショートを単純にネッティングしているだけなので本来の意味での通貨のロングショートではないものの大まかには同等のレベルであると仮定する。BoE方式的には Max( 13,841, 42,162)なので、最大リスクポジションは28,321ではなくて42,162かもしれない。

FX業者55社でこのリスクを抱えつつ、反対側でそれをCPカバーにより減殺しているが、日本の当業界の平均的カバー率が50%ぐらいだとすると(これもあくまでも仮定だが)、14,000本のポジションがインターバンク側に寄せられている。言い換えると法人個人投資家から受け取る市場リスクの半分を業界が持ち、残りの半分をインターバンク側が持っているともいえる。単純化しすぎかもしれないが、とりあえずそうだとする。

今、インターバンク側で起きていることとして、従来のPBとして与信リスクを受けていたメジャーな銀行はクレジットを締め付けだしている。抱えるリスクに見合うだけの収益が生まれなければ当然そうするだろうし、そもそも米国でのボルカールール等規制側から過度なリスクを取れないようになってきている。何が過度なのかは別として、現実として昔のようなクレジット枠は取りづらい状況であると考えられる。

勝手な推測だが、来年あたりは、今までPBをやっていた銀行で、それをやめるというところも出てきそうである。やめないまでも枠を減らすところは出そうである。本年1月のスイスショックのような体験をすると、今のクレジットリスクに対するリワードが割に合っていないと考えるのも当然だろうと思う。

一部の銀行は、FX業者が原則0.3銭固定という流れに対応してそれに近いスプレッドのレートを出してきた。一方PBフィーは始まったころに比べれば5分の1ぐらいまで下がっている。これらを俯瞰してみればなかなか割に合うビジネスとは言いがたいだろう。スイスショックによってその認識はさらに深まったのではないだろうか。その結果、PBビジネスから撤退するか、業者に出しているレートのスプレッドを広げるかの対応が考えられる。いづれその流れが始まるだろうと私は思っている。

仮に上記の表の28,321本ロングがドル円だったとしたら、これは1円円高になると、顧客資産は283億円減ることを意味する。その半分なら141億円である。それだけのリスクを抱えることの恐ろしさというものをどれだけ我々は恐怖心を持って観察しているだろうか。

たとえば私がFX業者の社長で、当期利益が100億円あったとした場合、抱えるリスクとの相関性から見てその利益が妥当な額なのかどうなのかという評価モデルを考えようとするだろう。一歩間違えば500億円損したかもしれないというストレステストの結果があったとき、このリスクに対する内部留保が一年で100億円ならリスク担保の体力を得るまでに5年かかることになる。ということはこれから5年先までそういう事態が起きないことを祈りながら日々をすごすことになる。それは勘弁願いたい。

ビジネスに内包される隠れたリスクを洗い出して、それぞれの相関性を見極め、合理的なリスク管理モデルを構築するのは業者ごとの責務である。そしてそれを明文化し、少なくとも当局と共有する体制があって始めて業界をある程度信頼にたるものと認識することができる。私がしつこくこのコラムで言っているFXの最良執行方針はその一般開示版である。

相場が激変するときにはCPもスプレッドを広げる。当然業者も広げるが、それによって業者はカバーによる損失リスクを回避する。米国のような後付のEEモデルでは議論にならないが、日本のIEモデルでは、どういうスプレッドを出すかでディーリング収益に大きな影響を与える。「原則0.3銭固定」という場合その配信レートの95%はその範囲内でなくてはならないという自主規制があるが、果たしてそれは正確に計算されているのだろうか。傾斜マンションのたとえではないが、性善説になっていないだろうか。本来、その計算自体は規制側がすべきである。業者は実際に配信したレートを生のまま提出することが性悪説に立った対応になる。たとえ後者でやりたいと思ってもそれを実行するのは容易ではないことはよくわかっている。

スプレッドについてすこし触れる。個人的な一投資家としての感想だが、普段の相場では0.3でエントリーし、荒れたときにイグジットするとそのときのスプレッドが3.0だったりする。そのときのインターバンクのスプレッドが0.9なのに3.0に広がる根拠はどこになるのだろうかと考えてしまうこともある。

昔はインターバンクのレートを個人が見ることはできなかったが、いまやその気になって探せば無料で見えるツールやサイトがある。私もそれを使ってインターバンクのレートと主要な業者のスプレッドを同時に比較してみることがある。それらの動きを見て、あくまでも主観的価値観として、問題がないとはいえない。特にインターバンクの仲値を飛び越したビッドアスクが出るときは、どうだろうと思ってしまうが、それはサーバーの処理の遅れによるものかもしれないのでなんともいえない。

個人的には、「原則固定」のマーケティング戦略はもう役割を終えていいと思っている。インターバンクのそれよりもワイドな固定は、たとえばTTB/TTSのようにありだと思うが、逆のケースで固定にするのはそこそこ無理があるのかもしれない。指標発表等でレートが荒れるときはどうせ開くのである。許容スリッページを3.0にしても拒否が続くときは続く。しかし悲しいかなそういうときの取引高のほうが多そうである。普段の静かなときにスプレッドが0.3で固定であろうが0.2〜0.5ぐらいで揺らごうが、私はあまり気にしない。むしろ、狭くしすぎて拒否率が上がるほうがいやである。何なら、「0.8固定だが常に拒否なし」とかのほうが使いやすいかもしれない。

業者もインターバンク側も常にレートを出すMakerサイドは供給責任を負っている。この側に立つ場合、年間を通して安定的な収益を狙うわけだが、荒れているときは損をする。しかし、その分それ以外のときは安定的に利益を積み上げるという市場のリスクの平準化も担っていると思っている。そう思っている私にとって、今の95%の固定スプレッドと残りの5%の動き方には多少の違和感を感じている。個人的には、やはり固定をはずすときの判断基準や、変動に移行した場合のレート生成の仕様、約定拒否する場合のルールについても開示するべきというスタンスに代わりはない。何がいいか悪いかの議論はそれらが開示されるようになってからでないと意味がないのでここではこれ以上議論はできない。

話をクレジットに戻すが、現在PBをやってくれている銀行が軒並みPBサービスをやめるという仮説を考えてみよう。そもそもPBは多くのCPと個別に資金決済をするわずらわしさから(ヘッジ)ファンド向けに始まった。そしてFX業界において普及し、後に信託法ができてからは、客の資金が使えなくなったので、PBを使うことで与信が一元化でき、決済枠もある程度確保されることで資金繰り上かなりの緩衝作用があった。さらにはLGを使える業者はPBに差し出すことで、担保金とか証拠金を自前の資金からはほとんど差し出す必要がなくなり、資金面ではかなりの効率を生み出した。それがなくなるということは、業者がより多くの顧客資金を集め、より大きなポジションを抱えるようになればなるほど、自己資金を今以上に増やさなくてはならなくなるというのが第1段階の苦しみとなる。次は、カバー先が今まで受けてくれていたポジションを受け切れないと言い出すのが第2段階の苦しみである。そうなるとさらに別のCPを探して、カバーによって生まれる対CPのイクスポージャを分散しなくてはならなくなる。そうなるとひとつのPBに20,30ものCPをぶら下げてより質の高い流動性(Private Pool)を作り出してた業者もある程度CPの顔ぶれを洗練して取捨選択する必要性が生まれるかもしれない。それはカバーーサイドの流動性の質の低下をもたらすかもしれない。

私は必ずそうなるといっているのではない。リスク管理の一つのプロセスとしてこういうことが起きたらどうするかを考える材料を投げ込んでいるに過ぎない。まさかそんなことがおきるわけがないというのは禁句であることはだれでもわかる。しかしこれは、泊まったホテルで必ずいつも非常階段の位置をちゃんと頭に入れる人か、入れない人かの違いと言ってもいい。

上流が、仮に今のサービスレベルで14,000本もしくは2万本のリスクをとるには割に合わないと考えたとするなら、下流は同等の額のリスクにどう対処できるのか。じっくり考えていきたい。上流も下流も最終的なやり方はふたつにひとつである。与える側としていらないクレジットリスクはカットするか、それに見合うだけの限界利益率を引き上げるか。どちらかしかない。今必要なのはそこにたどり着く過程における開かれた議論だろうと思う。そういう意味で金融庁のモニタリングの今後の推移を興味深く見守っている。


金融モニタリングレポート
Financial Monitoring Report
2015 年 7 月
http://www.fsa.go.jp/news/27/20150703-2/01.pdf
※時間のない方はP61から読んでもいいと思います。

プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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