ポジティブ・ネガティブスリッページ比率の開示
日経ヴェリタス第301号のFXシグナルでシンメトリースリッページについて「お行儀がよくなった」という表現がされている。たしかに個人投資家から見ればそうなのかもしれない。しかしながら、今まで本コラムで私が説明してきたとおり、ネガティブスリッッページだけからポジティブスリッッページも発生させるという概念は近年生まれたものである(日本ではこの用語、その概念自体私が2010年9月13日に当コラムで紹介したのが最初だと思う)。それも米国で新たに生まれた価値観であると言っていい。さらに言えば、技術革新によって約定のプロセスの透明化が進んだおかげでこのような新たな「公正性」の概念が生まれる“余地”が生まれたともいえる。
掲載されているデータについて、ひとつ解説に加えてほしかったのは、統計値がいわゆるストリーミングとかクイック注文という成行きだけを対象としたデータなのか、あるいは指値逆指値も含むのかという情報である。指値逆指値を含む、含まないで不利なスリップと有利なスリップの比率は若干変わる。
記事では、若干投資家に不利なネガティブスリッページの方が多い点が気になると書いてあり、最後は「真相は不明である」と締めくくられているが、これは相場の動きと、各業者が採用するモデル、そして投資家の取引スタイルに依存するものである。以下にもう少し詳しく説明する。
第一にデータの対象に指値逆指値も含まれると、強制ロスカットも含まれることになる。これは市場の動きが速い時に大量に発生しやすい。そうなると各社のCPから確保する流動性の限界があるため投資家に不利なスリッページが発生しやすくなる。
第二に、傾向として相場が下落するときは損切りをするケースが相対的に多いため、投資家は相場を追いかけるように売る行為となる。つまり不利なスリッページが発生しやすい。一方利益を出すときは相場に向かう傾向が相対的に強くなるので、有利なスリッページが発生する確率が高まるとはいえその利食いの事象は統計的に約定件数ベースで30%前後だろう。
確かにまだ、ポジティブスリッページにモデルが対応してない業者もあるようであるが、業界としてポジティブもネガティブも両方発生するモデルはさらに一般化するだろう。しかしそのモデルの中身はすべての業者が同一にはならない。大切なのは、できる限りそれを開示し、結果の統計データを開示することで、投資家が客観的に業者を選択する際に評価できる環境を整えることであると思う。そういう意味で、各業者が自主的にこのようなスリッページの統計データを開示するようになってきているのはよりよい透明性が確保されつつあると言える。
かつての「成行き」注文は、いまは「ストリーミング」とか「クイック」注文にとって代わった。それらは厳密に言えば瞬間的な指値注文である。しかし、マーケットの動きが早く、投資家が自宅で見ているレートは実際のCPのレート変動のスピードに追い付かない。そうなると、必ず自分がクリックしたレート、すなわち指値とのずれが出る。そのずれに対応する手段として「許容スリッページ」を指定できる機能が追加された。私が知る限りこれを最初に導入したのはFXCM(米国)である。このとき、あくまでもネガティブにすべる限界を客に指定させるという概念だったものだが、その後NFAによってそれは不公平であるとの指摘がされ結果ポジティブにもすべる機能が追加された。このネガティブだろうかポジティブだろうが“いくらすべるか”の判断基準はEEモデルを採用する業者なら客観的に求めやすいが、IEモデルの場合、業者内でその基準値を定義しなくてはならなくなる。そこは業者ごとの知恵の部分である。そのロジック事態を完全に公開することは他社にまねされたくないという意識も働くことがあるので全部開示することを強制は出来かねる。そういう意味で、上段において「できる限り開示し」と言った。一方結果としての統計値は業者間で競い合うことが可能なので原則開示でも問題ないと考えている。