カバーパフォーマンスの苦悩
秒単位で細かく抜いてくるスキャルパーの存在が高まるにつれ、業者のディーリング収益は圧迫されていく。それはとりもなおさず、業者側が極狭スプレッド競争を極限まで行ったツケでもある。また、カバーのロジックにおいても顧客サービス優先で、カバーが完了する前に客の注文を約定させてしまう、いわゆる先付モデルを採用していることも大きな要因である。
もう少し細かく要因を列挙すると、
スプレッドを狭くした。時にCP側のスプレッドよりも狭い。
配信レートを細かくした
配信間隔を細かくした(更新頻度を上げた)
スキャルパーの存在が飛躍的に上がった。つまり成行き(ストリーミング注文)の比率が極端に上がった。つまり指値比率が極端に減った。
カバーの完了を待たずに客の注文を約定させる「先付」方式を採用した
客の注文を成立させるスピードよりもカバーに行くスピードが遅い(SORのパフォーマンスの悪さ)
カバー側のCPは時々、特に相場が荒れているときは約定拒否をすることが多にしてある
CP側はレートに流動性の上限があるのに顧客側にはそういう制約を設けていない
こうした要因が重なり合い、ディーリング収益は圧迫される
客の注文が来ると、一定のバリデーションを掛けて、それを通過した注文は無条件で成立とし、速やかにCP側のベストプライスでカバーする方式を、「先付STP」とここでは呼ぶとする。IEの一種である。これは、原則市場リスクを負いたくない業者のモデルである。ここにアルゴリズムを入れて、ある程度状況を判断しながら、数秒送らせてカバーに行くとか、100ミリ秒ごとに客の注文をネッティングしてそのネット分をカバーに出すというようなロジックをかますこともある。また、より有利なレートで効率的にカバーができるようにSORの部分でいろいろなアプローチが行われる。
一方、
そうした複雑な処理をできるだけ避けたい
市場リスクは一切ほしくない
マリーもしない
ただし、カバー先での成立を以てしか客の注文を成立させない
というのがいわゆる「NDD」モデルであり、「EE」ともいう。上記の「先付STP」になぞらえれば「後付けSTP」ということもできる。
これであればいくらスキャルパーが来ても負けることはない。その代り、カバーにいったCPが約定拒否をすれば、その客の注文も拒否される。
以下に思いついた比較を列記する。
IE | EE |
先付STP(瞬間マリーなし、ストレートカバー) | 後付STP=NDD |
先付STP(瞬間マリーあり) | |
先付+アルゴリズムカバー | |
DI(人的ディーラーインターベンション) | |
約定拒否なしに“できる” | 約定拒否あり |
設定したマークアップ収益は保証されない | 設定したマークアップ収益が確保される |
マークアップ以上の収益を期待できる(その反対も真なり) | |
市場リスクを若干なりとも負う(システム障害要因を除く) | 市場リスクをまったく負わない(システム障害要因を除く) |
腕のいい高頻度取引のスキャルパーはあまり歓迎されない | どんな客でも大歓迎 |
CPの流動性と客のそれとを連関できない | CPのマルチバンドと流動性を連携できる |
客に提供するレートが一種類しかない前提で、流動性(複数の顧客から同タイミングで同レートの注文が来た時の総額をコントロール出来ない、CP側の流動性に合わせられない) | 如何に質のいいレートをくれるCPとつなぐか、また流動性を確保するためになるべく多くのCPと接続したい) |
日本では多いモデル | 米国でほぼ一般化 |
OTC文化を大切にしている | 実質的にブローカーディーラー |
顧客サービスとしてはよりよい | 顧客サービスとしては相対的に悪い |
こういう議論をすると、どちらがいいのかとか、正しいのかという話に流れることがあるが、そういう視点は不適切な比較である。あくまでもその業者がどういうリスクアペタイトがあり、それを追求するに十分な体制(組織、システム、ノウハウ)と資本力を持っているかどうかが問われるだけである。どちらも全体的に見れば一長一短がある。
まちがえたくないのは、NDDだからいいサービスなんだとか、フェアだとか、透明性が高いという短絡的な考えをうのみにすることである。
フェアか透明かというのはあくまでも客の注文がインターバンクの相場に照らして不公平感のないレートで遅滞なく約定され、その根拠が問われたときに証拠を開示でき、また約定にかかる条件をできる限り公開する(最良執行とか約定ルールの開示)ことである。それと裏側でどう業者がカバーしているかは業者の都合であり客にとっては関係ない、どうでもいいことである。
NDDの方がインターバンク直結だからといううたい文句は、それはそれ自体がサービスの“高”品質を保証するものではない。しいて言えば、ストップオーダーがスリッページを伴って約定したときになぜそんなにスリップしたかを説明する根拠をカバー先の約定に求める(押し付ける)ことができることと、固定スプレッドではなく変動スプレッドでそれが広がったり狭くなったりする動きの説明を、これもインターバンク市場がそうだからと言い訳できるという点が「より透明」であるといえなくもないが、これとてIEでやっている業者もそうしたルールを開示して、根拠となるログを必要に応じて開示すれば透明性においては十分NDDモデルと太刀打ちができる。
まとめとして、“結論的には”どういうモデルでカバーをしているかは投資家側にはなんの意味もない。それは業者側の理屈である。投資家側にとって大切なのは、
取引コストが安いこと
自分の投資スタイルにとって約定パフォーマンスが快適であること
提示されるレートがインターバンクのそれに比べてフェアであると“感じることができる”こと
約定のスリッページや拒否等の結果に関して、事前説明(取説、同意書、約款等)の内容をベースに考えて納得のいくサービス品質であること
といったことではないだろうか。どういうモデルでカバーしているかを開示するというのは本質的には透明性の問題であると私は考えている。