高速化時代におけるスリッページに対する見方(1)
5年日本を留守にしている間に日経金融新聞が日経ベリタスになっていた。その2月3日の分を読んでいたら、またまたスリッページについての記事が出ていた。結論から言うと相変わらずの目線になっているように見える。紙面の都合上はしょっただけかもしれないが、今まで私がここで何度も説明してきた観点では語られていない感じがしないでもない。時が流れればその中身も変わってゆく。そこであらためて、2013年度版としてスリッページについて復習をしてみたい。まずスリッページを議論するうえでは、以下の条件を識別して、必要に応じて分けて考えないといけない。
第一に、その業者のカバーモデルはいわゆるIEかEEか。カバー先での約定がどうであるかに関係なく顧客の約定判断を業者自身が行うのがIEで、カバー先で約定した結果をもって顧客の約定を決める(成立・不成立、スリッページのあるなし)のがEEモデルである。
第二に、その業者は、成行きといわゆるストリーミング注文(クイック注文)を明確に分けて提供しているか。元来成行きには指定した価格はない。ストリーミングは言ってみれば一瞬の指値である。
第三に、問題の対象としているスリッページのデータはこのストリーミング注文タイプに限っての話かどうか。ほかの注文タイプを混ぜると論点がぼけて、ややこしくなっていくのである。
第四に、そうである場合、ストリーミングの注文画面に、スリッページの許容範囲をユーザーが決められるようになっているか。
第五に、その業者はネガティブスリップとともにポジティブスリップ(両方合わせてNFAはシンメトリカルスリッページと呼ぶようになった)も起こる等の仕様について取引説明書等で謳っているか。また、約定のロジックをどこまで開示しているか。
以上のポイントにおいてどうなっているかかによって、結果としてのサービスの質の是非(良し悪しや善悪といってもいい)は変わる。言い換えれば「怪しさ」のポイントも複雑になる。新聞で簡単に語られるようなシンプルさはない。
■ストップとリミット
かつて、スリッページはストップオーダーにしか発生しなかった。なぜなら、相場の動く方向に追いかけていく注文のため、いくらになったらストップの売りを出すという注文では、その“いくら”がトリガーしてから売りに行くので間に合わないからである。
逆に指値の場合は、いわゆる相場に向かう注文のためスリップすることがない。そのかわり約定した後さらに相場は踏み込んでしまい、買った直後にもっと相場が下がって痛い思いをすることがある。だからといって業者がこの指値に対してベターフィル(ポジティブスリッページ)与える義務はない(少なくとも今まではなかった)。
■成行き
ネット取引が発達し、レートフィードがミリ秒単位に高速化してくると、環境はがらりと変わる。今や投資家は画面上に10分の1秒単位で動くレートを見ることができる。たとえそれを視覚認識しきれないとしても、原則ユーザーのパソコンの画面には一瞬でもそういうレートが表示される。そしてそれを、たとえ本人がいくらでクリックしたか正確にわからなくても、クリックしたときのレートでストリーミングの注文が業者のサーバーへと送られる。
成行きの場合、クリックしたレートはどうでもいいことになる。とにかくその注文がサーバーに到着したときのベストで売るなり買うなりをしてくれというのが成行きであるから、約定したレートが逆に言うと注文したレートと考えられるので、そこにスリッページの概念の入り込む余地はない。一方当局はこうした成行きのグレイさに対して快く思わないので実質的に最近は“はやらない”注文タイプとなりつつある。
“いまどき”の価値観であるが、透明性の観点から見れば避けたい注文タイプになってしまった。たぶんユーザーの中には相場が荒れるとストリーミング注文が入らず拒否ばかりされるので、そういう時は成行きを使って確実に約定させるが、その代り見た目のクリックしたつもりのレートよりちょいとスリップしたレートで約定が返ってくるのがちょっと気に入らないと思っているかもしれない。
■ストリーミング(クイック)注文
一方ストリーミングでたたくと、たたいたレートが“一瞬の指値”として業者のサーバーに届く。たとえば、1万ドルで92.355のビッドをクリックすると、業者のサーバーには1万ドルを92.355で売りたいという“一瞬の指値”がやってきたことになる。この場合の結果の選択肢は、成立か不成立になってしまうところを、それでは味気ないので、部分約定を認めるかとか、nポイントまでなら不利な方に滑ってもいいという条件を入れるよう発注画面上で求め、その範囲で約定率を高める努力が行われてきた。そして、その後、滑るのが不利な方だけではなく有利な方にも滑るべきだ(シンメトリカルスリッページ)という考え方がEEモデルに対して生まれた。具体的に言えば、米国のとあるFX業者がEEモデルを導入したばかりにそういう概念が生まれ、今やNFAが“好み”とするその考え方を、盲目的に(IEとかEEの区別もせず)日本でも議論され始めている。日本ではEEモデルなどほとんどだれもしていないのに、“その考え方、業者はみなシンメトリカルスリッページモデルにするべきだ”という考え方へとメディア、当局はシフトしつつあるように見える。
■IEとEEでスリップに対する仕組みがどう違うか
EEの場合は、客の約定をつける条件として、必ず許容するスリッページ幅の入力を要求する。もしそれを指定しなければ業者側の裁量となる。つまり「成行き」注文と同じになる。現在米国の業者でEEモデルをやっているところは、ポジティブスリップも与えている。EEモデルだとポジっティブでもネガティブでも、それが発生する根拠は極めて明確で業務に乗せることができる。なぜなら、客が指定した条件の範囲でカバー先をたたき、結果よりもいいレートであったのなら、それに“あらかじめ決めてあるマークアップを乗せて”客に返す。したがって、カバー先との約定レートと客につけるマークアップのポイントが所与であればポジティブスリップさせる数値の根拠が明確で計算可能となる。またそれら客の取引とカバー取引との紐付も明確にされている。当然取引は1対NでもN対1でも相手方がある前提を維持してゆく。そのせいで取引システムの複雑さは飛躍的に高まり、運用リスクも上がる。皮肉なことに、収益チャンスは減るにも関わらず全体的なシステムコストはIEにくらべ格段に高くなる。
一方、そういう意味ではIEモデルの場合、原則ポジティブスリップもネガティブスリップも計算する根拠がない。口座ごとにマークアップは設定されていない。常にではないが、おおむね実際にカバーしたCPのレートも取次モデルのような1対1では存在していない。したがって、疑似的に上記のEEモデル業者のそれを模倣して計算することはできるが、そのレートを使って実際にCPでカバーしているわけではないので計算根拠としては“仮想”である。現実論として、カバーを逐次していないかぎりスリップする幅を結果として求めることは“不可能”である。実際IEモデルなのにポジティブ・ネガティブスリップを与える業者がいたとしたら、それはあくまでもCPのレートをあたかもそれでカバーしていたら、という“仮定”にたって判断するか、自分の中でまったくカバーしたコストとの相関性のない別のモデルをつくって適用しているかのどちらかになる。(続く)
→高速化時代におけるスリッページに対する見方(2)へ続く