2011年―震災と原発事故による市場の混乱
2011年の締めくくりとして、震災と原発事故による市場の混乱の話は避けて通れない。そしてこの話をするとなると、H証券の話も避けて通れない。私の古巣であるだけに話しづらいのだが、できる範囲で話をしたい。
まず、誤解がないようにしたいのは、今回の事故はFXではなくて証券サイド、日経225先物オプションによってもたらされた事故である。昔から私が主張しているように、市場リスクと業社が抱える決済(清算)リスクという点ではFXよりもはるかに証券先物市場のほうが高い。そのことが一つの金融会社の中でコントラストをなしながら発生したのである。
特にオプションというのは流動性があるようでない。アットザマネーあたりの流動性というのは先物並みに高いように見えるが、10デルタや5デルタといった離れたストライクでの流動性というのは極めて低い。普段ボラティリティが低いときはそれなりにマーケットをサポートするプレイヤーがいる(多くは証券会社のディーリング部門か?)ので見た目ビッドアスクがそろっているように見えるが、ひとたび事件が起きればアスクが消えてゆく。プットを売っていた人にしてみればパニックである。しかし逆に原発事故が発生したと聞いた瞬間にどれだけのディーラーがローデルタのプットに対してアスクをだせるだろうか。いくら眼前のスクリーン上のプライシングモデルが理論上のプライスを計算してくれていても、インプライドボラティリティがいくらなのかを求める式などない。見えているプライスは過去のものである。今のそれは今取引が成立しない限り出ては来ない。思い切ったディーラーなり、個人の投資家が売りを入れて、それを狼狽した投資家が買い戻しのために盲目的に買ったときに出てくるものである。出す側としてはこれで買ってくれるならリスクは小さいという自信があるプライスしか出さない。あるいは買っていたプットを売ってここぞと利益を出す場合である。そういう状況下でプットの値段は「ない」状態から、「馬鹿高い状態」に遷移しつつ取引が再開してゆく。先物価格が地震直後に1000円下がり、原発事故発生でさらに1000円下がったときに、どれだけの人が買い戻せただろう。あるいはそこで買い戻せずに、数日後に買い戻したことでより安く買い戻せた人もいただろう。さらには、どっちにしても追証が払えずに自己破産に追い込まれた人もいたかもしれない。
なぜか。
やはりここに行きつくのだが、流動性がないということと、強制ロスカット機能がない(あるいは不完全すぎる)からである。
一方、業者側にとっては、顧客が追証を払おうが払うまいが、取引所に対しては日々の清算価格で計算される差額を納めなくてはならない。その資金がなければ理論上は倒産か、業務停止である。顧客が増えれば増えるほど自己資金を蓄えていかないと怖くてやれない商売というのが私の実感である。
さて、FXはどうだったかというと、確かにボラティリティは上がったが、それでも数あるFX業社の中で倒産したという話は聞かない。H証券にしてもFX部門は無傷であった。なぜか。FX市場のボラティリティは日経先物や、特にオプションに比べればはるかに低い。レバレッジ25倍規制も功を奏したかもしれない。しかしそれ以上に、ロスカットルールがあることと、それを実行するだけの流動性があったということである。また側面的に、その取引を執行するシステムが正常に稼働していたということも付け加えるに値する事実である。一部の業者では多少システムが不安定になったかもしれないが、私の耳に届くほどの事故が起きていないようである。
結果H証券は同業他社に買われ、看板は残っているが、実質的にはH証券としてのアイデンティティは消えたという気がする。今は籍を置かないものの、古巣であるだけに寂しい気持ちがぬぐい去れない。
私にとっては、2011年はそういう「寂しい」年である。