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尾関高のFXダイアリー

ドルスイスのスパイク ―久々のバッドティック

東京時間9月21日午前6時3分から4分にかけて、ドルスイスでレートのスパイクがあった。実勢レート水準、0.8860〜70あたりから100ポイントぐらいかけ離れて下のレート(0.8755ぐらい)が多くのFX業者で配信された。実際に何が起きたのか。私が聞いた範囲だけだが、EBSにそのレートが配信されたため、多くの銀行がそのままそれを配信してしまったということらしい。どこまで本当かは知る由もない。


仮にそうだとする。となると、これが意味するところは(今までも折に触れ説明してきていることだが)、銀行がそのクライアントに配信するレートの大元としてEBSやロイター等が利用されるため、その大元自体が間違ったレートを出せば、それを簡単にバッドティック(いわゆる間違ったレート)と判断して銀行も排除しきれないという問題が依然としてあるということである。特にEBSでの約定は、その瞬間を世界中の金融機関が見ているのだから、なかったことにするというのはなかなか難しい。

さらに、ことを複雑化するのは、さすがに100ポイントの乖離したレートは正しいレートではないから「なかったことにする」という銀行と、いや、これは実際に取引がされたから「正しいレートである」、だからキャンセルはしない、という銀行に分かれるケースである。そうなると、見た目それが間違ったレートかどうかという基準はどこに求めうるのだろうか。


たとえば、オプションの行使条件として、スポットレートがインターバンク市場の参加銀行金融機関のうち3行以上で300万ドル以上取引されたレートのみを行使の観察対象とするというようなルールもある(実際の条件は多少違うかもしれない)。つまり、世界中で一行だけが50万ドルだけ取引したぞ、と主張してもオプションの行使条件としては認めないのである。

また、100ポイントの突然のスパイクはいつもバッドティックだという定義をしろと言われると、突然の介入や、テロ等の事件によってほんとうにそれぐらいすっとんだレートになることがあるという経験をしている人には、そういうルールもそうそう取り入れるわけにはいかないと考えるのが自然である。レートは常に無機質である。“そういう雰囲気で空気を読めよ”というような「色」はついてないのである。


今回のように、一部の銀行はキャンセルに応じ、一部は応じないという場合、彼らが実際にそのレートで取引が成立しているかどうか。あるいはその取引がブッキングされてしまっており、もとに戻せないという背景も絡んでくる。200ポイント離れたレートをたたいてしまって、損した側(今回の例では売った人)はなかったことにしてほしいと主張し、儲かった側にいる方(買った人)はいやいやお宅はこのレートをたたいたのだからいまさらなかったことにはできない、と言うかもしれない。ひとつ言えるのは、間違いなく世界中のどこかの誰かはこうしたスパイクレートの儲かった側にいて、反対側で取引した、つまり損をした相手に対してその取引のキャンセルに応じない人がいることである。そういう相手とヘッジをしてしまった銀行側はそのカバー取引の原因となった注文をした客側に対しても、自分自身もそのレートでカバーしてしまっているのだからなかったことにはできませんと抵抗するのもうなずける。


こういう場合、本来このスパイクしたレートは間違ったレートだといえるのかどうか、私には判断がつかない。これは理論的な話ではなくて、取引相手同士の力関係が大きく左右する問題である。技術的な視点から見れば、上段で触れたように、こうしたあきらかに間違ったレートをたたけないようにする、つまり配信レートから排除する仕組みというものが完璧には作り上げられないという限界がある。無理やりロジカルに排除ルールを組み込むと本物までも排除するリスクを抱えきれない。


こうした川上のどろどろした屁理屈をそのまま川下であるリテール市場に持ち込むことに無理があるのはいまや常識となっていると思う。その前提で考えると、やはりこうしたスパイクはなかったことにするというのが妥当な処置ということになるかもしれない。しかしながら、店頭ならその業者の判断で修正や補てんができるが、取引所となるとそうそう簡単にやれることではない。実際に約定してしまった、そしてインターバンクでも取引が一部されている事実が確認された、という2つの事実がある場合、それをなかったことにするという判断を合理化する根拠が逆に見当たらないと思うのだが、皆さんはどう考えるだろうか。なかったことにしますと言われれば損した側に回った人はうれしいが、儲かった側に回った人ならそれは嫌だと言うかもしれない。この場合、損した側をなかったことにする(修正、補てんをする)が、一方で儲かった人には何も言わないという対応をする業者も多い。フェアであることを常に要求するのなら、こういう場合、儲かった人もなかったことにしないと、全体としてはフェアではないのだが、実態はかならずしもそうではない。

こういう問題に対して監督官庁の立場というのも微妙な気がする。ここで金融庁なりが、このレートはバグでしょ?と疑問形で対応するうちはいいのだが、バッドティックと判断する、とかいう見解をだすと、行政という範疇を超えてしまうように思われる。ではだれが、それを判断する主体となるのか。そこが、相対、店頭の妙味でもあるのだが、これは好き嫌いの問題かもしれない。

このバッドティックに絡む問題は当面なくなりそうもない。目の覚めるような技術革新とか明確なルールが市場のコンセンサスとしてできてこない限り、これにまつわる曖昧さを排除することは“絶対”不可能である。個人投資家として、このリスクが自分の口座にマイナスに降りかからないように防御するには、ただただ自分の取引している業者がいままでどう対応してきたかを参考にするしかない。顧客にやさしい業者はそのたびに、損する作業に、残業して対応するのである。


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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