(続)高速化、高密度化する金融インフラとこれからの透明性
前回、透明性の議論は、いかにして近年の市場の暴落を防ぐかを目的としたアプローチであると言った(前回の記事はこちら)。では暴落はなぜ起きるのかを考える場合の頭の整理として、以下の単純化したモデルを考える。
(暴落リスク)=(取引頻度の高速化)x(情報伝達の緻密化)x(レバレッジ)
電子装置を駆使した金融のインフラは、取引情報伝達の高速化、緻密化、ハイレバレッジに大きく寄与してきた。高速化は、いまや千分の1秒単位での発注を可能とする。情報は、かつてはプロでしか接することのできなかったような情報に一般の個人も触れることが可能となり、またそれらにリアルタイムに接することができ、さらには無料もしくは廉価なコストで手に入るようになった。またプロが使っていたようなシステム売買ロジックも比較的手軽に手に入るし、勉強することも可能になった。
まず、高速化というのは今更戻せない。プロセッサーの処理速度がどんどん速くなるのと同じペースで速くなっていく。いたちごっこであり、取引所は他国の取引所との生き残り競争に勝ち抜くべく、新たな資本をこの部分に投下してゆく。前回の東証の例がそれである。そうなるとそこで、透明性の概念の範疇に、当社の発注サーバーから取引所のオーダーブックまでの時間は何ミリ秒ですとうたうことすら顧客が求めてしかるべき透明性の一つに新たに組み込まれる可能性があるという点をあらためて指摘しておく。
情報伝達の緻密化というのは、昔なら、客の注文を受ける人間がその意図を理解して取引所の場電に伝えそこで、フロアにいる場立ちに注文をだして取引が成立するという形であった。この場合、客から発した注文は3人の人間によって解釈され伝えられるためそこに常識というフィルターが働くチャンスがある(無論一方では聞き間違いもある)。しかし現在のインフラでは、取引所に届く注文データは一番最初にそれを決めた顧客が入れたデータであることがほとんどとなった。これが緻密化である。1枚の売りを間違って100万枚で打ち込むミスが取引所や経済全体を揺るがすような事態に陥ることを防ぐためには、こうしたIT革命によって、個人投資家(あるいは法人)の端末から打ち込まれる注文が果たして理にかなっているかどうかというかつての人間がやっていたフィルタリング機能をいかにしてこの緻密化、連続化したインフラに備え付けられるかというのが課題となる。一方、上記の例ならまだアプローチの方法にいろいろと考えが浮かぶが、いわゆるHFTの一秒に100回もの注文を打ち込んでくるというような振る舞いに対しての高密度性から生まれる脆弱性防御というのははなはだ心もとないような気がする。
レバレッジは、IT化なくしてはここまで発達してはこなかった。他人にレバレッジを与えるためには相手から預かる(あるいは与えている与信枠)の中に、現在の市場リスクを考えた損益が収まっているかどうかを瞬時に計算できかつ、超えたと判断したら瞬時に全ポジションを閉じることができることが前提で発達してきた。これらの機能を実現したのはIT技術に他ならない。このロジック自体はレバレッジを第3者に与えるにあたって与える側のリスクを限定するかに見えるが、暴落のテーマに即して考えた場合、最大の欠点は、そのリスク管理モデルが完全市場流動性を前提にしてきたことである。つまり、危ないと判断した与信者が、その顧客のポジションを強制決済するべく、市場に売りをだすと、その売りが、さらに市場の価格を下げ、その下げがさらにその顧客のリスクを高め、さらにポジションの決済を迫り、そして、、、、と負の連鎖が続いてゆく。LTCMのケースはあまさにこれである。
では、暴落リスクを抑えるためにはこのモデルの中の何をどういじればいいかということだが、現実的に一番触りやすいのはレバレッジとなる。理屈だけで考えればレバレッジはすべて1倍と法律で規制してしまえば少なくとも現代スタイルの大暴落は起きなくなる。ただしこの処方箋の副作用は金融産業の衰退である。市場の安定の代わりに産業の衰退という犠牲を払えるかということであるが、そんなことは無理に決まっている。だから結局、10年に一回、あるいはどんどん加速して数年に1回の暴落を前提としながら、今の進化を受け入れてゆく以外手立てはない。結論を急ぐが、透明化だの公正性だのと議論をしたところで、副作用なしに暴落リスクを止めることは不可能に見えるのである。いや、もっと言えば、暴落リスクを止めるための処方があらたな暴落リスクを生む環境を違う形で生み出してゆくのである。なぜか、我々は常に自分が作ったものの副次的効果に対しては後手後手の対応しかできないからである。