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尾関高のFXダイアリー

高速化、高密度化する金融インフラとこれからの透明性

今回は、「これからの透明性と最良執行」について頭の中にある漠然としたイメージを書きだしてみた。なので、まとまりがないように思うが、御容赦いただきたい。ずっとこのテーマが気になっているのである。


ドッドフランク法施行以来、とくに市場の透明性という概念が大きなテーマとなっているのは周知の通りだと思う。しかし、では透明性とは具体的に何を指すのかという議論になると、個々の金融市場、商品の性格に依存するところが大きく、一口でこうだと言いきれるものはない。しかるに、「お宅は透明性を担保していますか」などと聞かれても、意味が広すぎて簡単に答えていいものかどうか迷うことがある。一つの具体例としてよく耳にするのが、取引所にせよ、店頭にせよ、川上から引っ張ってくる流動性をそのまま顧客に見せ、約定のプロセスも見せ、約定結果もその価格、時間、取引高をデータとして日々開示するというのは市場参加者の立場から見れば透明性の一環だという主張である。取引所は基本的にこれに準じているが、店頭はかならずしもそうではない。

市場は常に流動性を求める。あらゆる金融理論はそうした市場の完全流動性を前提に構築されていることが多い。オプションのデルタヘッジなどはその一例である(完全流動性がない状態でダイナミックヘッジを試してもそう簡単にはうまくいかない)。現実に完全流動性がなくともそれに近い状態が維持されることは流動性を求める側としては理想的なことであるが、一方流動性を提供する側からしてみればそれを提供するには、透明性というのはやっかいな代物となる。金融機関で流動性を提供する側に従事している人なら当然だが、この辺一般の人にはわかりづらい感覚かもしれない。


情報の透明性


 流動性を提供する側というのは、FXでいえば、常にビッドとアスクを出し続けることでそこから収益を得ようとする人(金融機関)を指す。彼らにとっては、相場が上がろうが、下がろうがどっちでもよく、目先の流れにうまくついていきながらその流動性を叩く人たちからビッドとアスクのスプレッドをリスク担保として利益を生み出すことが仕事である。彼らにとって一番重要なのは、誰よりも早くその市場に影響を及ぼす情報を手に入れることである。それは情報ソースから流れ来る各国の政治的な事件かもしれず、あるいは大手のファンドがドル円を売りたがっているというようなその道のプロでないと入手できないような情報も含まれる。この情報の質の差が透明性と言う名のもとにプロ、アマ同質に提供されるようになると、市場に流動性をもたらしてくれる人がいなくなってしまう。常に実需者、つまり流動性を叩きたい人たちだけで構成される市場になったらどうなるかを考えてみるとわかりやすい。たとえば大証FXから銀行のプライスが一切消えるということを想像してみてほしい。そうなると売りたいときにビッドがないということが頻繁に起きる。相場が下がるとわかっているのに、そこにビッドを出してくれる人が実需者だけで、その量で売り手の量を賄えるのかと言うことである。以上、あたりまえな話をしたが、透明性を突き詰め出すと、流動性が低下してゆく危険というものをはらんでいるのではないかという話である。流動性を確保するためには流動性提供者にすこし情報優位な立場を与えて彼らが生き残れるようにしておかなくてはならないという点がだんだんと軽視されていきはしないかという危惧をほんの少しだが持っている。


透明化が後押しする最良執行


 透明性に付随して、以前から私がこのコラムで触れている最良執行の問題が絡んでくる。透明性が増してくると、自分の約定した価格が市場全体を見渡して果たしてベストプライスだったかどうかが判断できるようになってくる。そうなると、自分の約定価格が、その時点において他の人のそれより劣っているという事実が判断しやすくなる。IT革命の賜物であると言っていい。その結果、自分が不利な価格で約定させられたという不満が最良執行を具現化せよという圧力となって市場関係者に押し寄せる。


当社はつねにベストプライスで執行しますとうたう場合、お宅のベストプライスはどうやって計算するのかという質問が出る。その答えは、市場の“川上”であるインターバンクのプライスメーカー5社以上からレートをもらってその中のベストビッドとベストアスクを基本に提示していると答えると、ドッドフランク法的に見てOKな答えとなる。では、そのベストプライスで同時に叩けた場合、いくらでも約定してくれるのかというと、そうはいかない。プライスには常にサイズがつきものである。いくらまでならこの値段で買う、売るという量が紐づいている。

ところが他方の考え方で、特にリテールにおいては、均質な価格サービスが求められる雰囲気がある。たとえば、82.55でビッドを出している業者において、同時に売りたい顧客が10人いてその総額が10Mだったしよう。しかしこの82.55は5Mまでしか受け付けないとした場合、残りの5Mは約定させられない。となると時間優先の原則を働かせて早い者勝ちで約定し、一瞬でも遅れた注文は不成立で返すということになる。ここでの取引所と店頭の違いは、取引所は大体その通りだが、店頭はその事実が見えにくいという点である。しかし世界的に規制する側の雰囲気というのは10M全部82.55で“均質に”約定しなさいという感じである。どこのFX業者のプライスも大体はプライスだけでそこに付随する約定可能額(流動性)が表示されない。叩く側はいくらまでこの値段で約定するか分からず叩く。他に同時に売っている人がいるかどうかも分からない。こうなると、冒頭にもどって透明性が問題となってくる。ここでの透明性は、今自分が見ているビッドはいくらまで約定可能なのか、それをヒットして拒否されたときその理由はなにか。仮に遅かった、あるいは他の人が全部一瞬早く売ってしまったのならその証拠を画面に表示してほしいということになってくる。つまり店頭もそれなりに取引所取引のような機能をもって流動性の変化においては開示してほしいということになる。たとえば、ドル円のビッド、アスクの画面の下あたりに、その業者で約定している動きをリアルタイムで流す。むろんタイムスタンプ付きだが取引した人の情報は出さない。株で言う、直近の出会いを開示するのである。自分が拒否されたときは、そのプライスがもう売られて消えてしまったからか、あるいは間に合わなかったからかの理由が伝えられることが求められる。むろんそれを知ったからといって投資戦略が改善するかというと関係はない。あくまでも顧客の納得感の問題である。


高速化、高密度化する金融インフラ


 こうした議論というのは、LTCM破たんやリーマンショックにおいて発生した市場の異常な暴落に恐れをなした市場関係者がそれを食い止めるための施策として持ち出してきたものであると思う(異論ある方もおられるかと思うが)。現代の金融取引はIT革命によって、すさまじく「高速化」、「高密度化」してきている。簡単に言えば、人間の知覚レベルを超えたスピード、回転率で取引が行われ、それゆえに何が起きているかが関係者に分からなくなっているという不安感がこうした一連の規制の動きをドライブしているのではないだろうか。高密度化というのは、川上から川下までITというインフラによって加速された動きが寸断なく繋がってしまっているということである。たとえていうなら、今までは人間が介在することで、連鎖ということが起きにくく途中でブロックされることがあったが、今は風邪が吹けば桶屋が儲かるとか、バタフライイフェクト、つまり地球上のどこかで蝶が羽ばたけば地球上のその反対側で竜巻が起きる式の現象が起きうるのである。昨年5月のNYSEの原因不明の暴落、かつての日本のJCOM騒動もそれである。ちなみに、そよ風が竜巻にまで成長するという部分がレバレッジの効果ということになる。


東証もサーバーを高速化させたことで、取引高が増えたようだが、その高速化がもたらす新たなリスクというものをどう予測し準備するかという点においては何も聞こえてはこない(内部での議論はあるかと思うが)。無論、私にも判断できることではない。わずか千分の1秒を争う世界で、そこで行われている事実を透明化せよといっても、その情報をもとに何ができるだろうか。できたとしてもその対応が完了したときに果たして同じ条件の市場環境が継続されているのだろうか。その点については、私はきっぱり否と答える。むしろ透明化して投資家にその情報を渡すことで、さらなる発注の高速化が加速され、レバレッジによってそのイクスポージャが2次関数的に増大し、そして市場暴落のリスクを急速に高めるという連鎖を生みはしないか。こうなると透明性の議論が逆の方向に影響を与えることになる。また、千分の1秒を争うということは、そこに発注する証券会社にとってその会社の発注サーバーが物理的に東証のオーダーブックを動かすホストサーバーに対してどれくらいの距離(それは何センチ単位の話)に置かせてもらえるかということまで透明性の対象になりかねない。そんなことまで、と思うが、客にしてみれば自分の注文が一瞬でも早く届くかどうかで成立不成立が決まるのだから大事な開示事項である。そしてこの要求は大量発注を高速で繰り返す投資家にとっては死活問題でありその要求圧力は高くなる。そのうちネット証券のなかから「当社の発注サーバーはホストと繋ぐケーブルが1メートル20センチで、その間の発注到達時間が5msです」などという宣伝文句が聞こえてきそうである。いや、もう裏側ではやっているかもしれない。

つまり、いろいろなシナリオのなかで、透明性も向かうべき方向を間違えるとむしろ市場の不安定性を助長し、暴落(暴騰)を招きやすくするのではないか、という話である。


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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