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尾関高のFXダイアリー

IEとEE :『約定率』とは

 IEとEEと題して4つお話したいと言ったのだが、これで5つ目で、一回分追加。
ついに議論が約定率にまで及びだした。一部業者が以前から自分の約定率を開示するとともに、6月28日には日経新聞も「低約定率は隠れコスト」と題して特集している。


スプレッド競争に限界がくると今度は約定率競争となるようである。今回は、この「約定率」とは何か、これは比較しうるものなのかというテーマである。

ここでもIEとEEのモデルで違いが出てくるのだが、ここでいう約定率は「成行き」で発注して「一発で約定する」かどうかということである。したがってそうでない事象というのは、発注直後に「約定拒否」もしくは「リクォート」で返ってくるケースを指す。

さて、まずは「成行き」の中身が重要になる。IEモデルの場合、多くは約定を拒否する仕組みを入れていない。ロジックの組み立てや運用が相対的に難しく、経営リスクをあまり重視しない業者だとそこまで開発していないことがある。逆にそういうロジックを入れているとしたら、中身は多様である。以下にそれぞれの典型的なモデルを列記する。


■3種類の成行き


(1)成行きのレートは業者におまかせモデル

 画面上で成行きとして発注するときにそのリクエストに特定のレートが指定されていない。成行きの命令がホストサーバーに来たときにそのタイミングでホストサーバー上にあるプライスを単純に叩く。ツーウェイクォオートの規制が出来てからこの手のモデルは原則違法だが、特殊な条件下ではありうる。流動性のチェックもないので、1万ドルでも100万ドルでも関係ない。昔の電話取引の「成行き」がそれであり、価格を業者に委ねた成行きであり、理論的に約定率は100%となるが、見ていたレートとは違うレートで約定することもある。しかしスリップしたという「認識」を顧客が持つことはない。客自体が大体その辺でいいや、という成行き発注だからである。本来(古来?)成行きに指値はなく、したがってスリップもなかった。


(2)成行きとは言いながら一応画面上のレートをクリックするモデル=ワントライ指値

 客が成行き注文を出したときに、成行きとしながらも「クリックしたレート」がリクエストの条件となり、実質的には「ワントライする指値注文」として発注され、そして、それがホストサーバー側に到達したとき、実際のレートと比べて業者にとって不利でなければ約定、不利ならば拒否というロジックを入れている場合である。あるいはそういう時間的リスクに目をつぶり、全部約定としてしまう場合である。これは厳密には指値注文であるが、普通の指値との違いはワントライでだめならキャンセルを返す点である。近年ネット取引システムに搭載される成行きは大体このロジックであり、本質は「指値注文」なのである。古典的な意味での「成行き」ではない。

この時間的制約であるワントライをIOC(Immediate or Cancel)と呼ぶ。反対に、入れたレートが一発で付かなければそのまま付くまで置いといてくれ、という命令なら「成行き+GTC」という組み合わせもある(これを搭載している業者は少ない)。成行きなのにGTCがありか?と思うかもしれないが、その実態が実は指値になっているのだからGTCがありうるのである。繰り返すが、ネット取引でプライスをクリックして出す「成行き」は、実際には“瞬間的指値注文”になっているという点を覚えておいて欲しい。

さて、以上の説明で、成行きといっても(1)と(2)では全く違うことにお気づきだろうか。ネット取引システムが生まれてから「成行き」という用語の定義が変わっているのである。呼び方はどちらも「成行き」だが、(1)は実際にはスリップしていても気づかないし、意識もしない。なぜなら比較の基準がないからである。一方、(2)はワントライの指値注文になっている点が重要で、そのためその条件が満たされないと、一つ目に比べて約定拒否が生まれやすくなる。しかし、これがIEで、実際のマーケットとの比較をしないモデルだと、約定拒否をする理由がなくなるので約定率は簡単に100%に出来る。しかし、その分業者が市場リスクを負うことになる。一方EEの場合は、客の注文がホストサーバーに届いたあと、さらにヘッジしている銀行に中継しなくてはならず、さらにその結果の約定、拒否判定は無条件に銀行側に委ねられるため、ここからさらに約定しない事象には2つあり、(A)銀行が拒否した場合、(B)レートについているバリデーション(有効期限)に間に合わず、銀行にすらリクエストが行っていない場合である。(A)が正式な意味での「約定“拒否”」であり、(B)「間に合わなかった」だけのことで“拒否”ですらない。これを拒否の一部として含めるかどうかが議論を呼ぶところである。EE業者としては当然拒否カウントの対象ではないと言いたいところであるが、そこまで市場の理解が進んでいるかどうかは私も懐疑的である。


IE業者として約定率を上げるには、単に拒否をしないモデルを入れれば簡単に出来るがその分の市場リスクに耐えられるかが問題になる。一方、EE業者として約定率を上げるには、サーバーの能力やレスポンスの強化を図るか、流動性を提供する銀行側に、約定拒否をなるべくしないサービスをお願いするとか、流動性を分厚くするためにカバー先を増やす以外にない。


(3)スリッページを見込んだ成行き=マーケットレンジ

 でも客が指定したレートどおりに約定すればそれはすばらしい最良執行の姿であるが、大元のインターバンクがそうでない限り、それをリテールで実現するのは、業者がリスクを抱えないという前提では無理である。そこで出てきているのが、『拒否をしない代わりにある程度スリッページを見込んで成行きを出す機能』である。一般に「マーケットレンジ」とか「許容スリップ」と呼ばれるもので、この機能を搭載するほとんどがEEモデルである。こうするとあらかじめ2ポイントまでなら叩いたレートからすべっても文句は言わないけど、それ以上スリップするぐらいなら一旦キャンセルしてくれていいというもので、最初から発注者にスリップを合意した状態で出す成行きである。スリップ幅と約定率は正相関である。これは(1)に近づいた機能といえる。要するに“大体その辺で売りたい、買いたい”という曖昧な意志をデジタルな機能に置き換えた発注条件設定なのである。1,2ポイントを抜きに行く細かいデイトレーダーには好まれない機能であることは明らかだが、実際のインターバンクマーケットの「クセ」にきれいに対応する機能である。EEモデルで市場リスクを内部でとらない業者から必然的に生まれてくる発注機能である。

かつては画面上のレート更新が1秒に一回とか2回程度だったものが、最近はフレックス技術などのおかげで、4回、8回、果てはほぼ完全リアルタイム更新と、どんどん高速化している。さらに加えての10分の1クォートである。そうなると、逆にいままでスリップしていることがわからなかった(その分数字が丸められ、間引きされていた)のに、今はそのまんま出てきてしまうため、ホストサーバー側の更新頻度よりもクライアント(PC)側とのレイタンシーが長いと「間に合わず」という現象がよりはっきり見えるようになってしまっているという皮肉な現象が起きている。


■データのミスインタープリテーション


 さて、これら(1)、(2)、(3)といろいろな見方があるなかで、こっちの業者が「当社の約定率は98%です!」と言い、あっちの業者が「99.5%です!」といわれてもどっちが自分にとっていいのかはわからない。英国では85%以上が常識だという話も聞くが、そもそもリクォート主義(最近はそうでもないかもしれない)の英国において85%というのはむしろ低すぎるとすら言えるし、計算のベースもはっきりしない。矢野研の調査結果も約定拒否のロジックに則した分子と分母をどう整理して%を出したかの細かい説明を聞かないと単純に比較表を飲み込めない。特に「かい離幅」については「再注文」の意味詳細がよくわからない。拒否された後にもう一度成行きをして約定したときの最初の成行き指値価格とのかい離を指しているとしたらそれはそのときの市場の動き(ボラティリティ)が同一である保証がないと評価が難しい。

私としてはこうした事象の違いに配慮するなら微妙な定義の違いを割愛しひとからげにした「約定率」ではなくて、振る舞いごとの「拒否率」「スリップ率」「期限切れ率」というように分類して出すほうがいいように思うし、そのためにはまずIEモデルかEEモデルか、またそれに付随する約定のロジックをきれいに説明することが必要ではないかと思う。わかりやすさや簡潔さを重視するあまりに比較者主体の主観的な総括、データ処理上のディフォルメが多用されると、情報のミスインタープリテーションリスクが高まる。かといって、各業者が勝手な定義で計算した約定率の数字が一人歩きするのを放置すれば、市場にまちがった認識を生み出しかねない。ただし、一投資家の目線に立てば、どんな看板が業者の玄関先に掲げられていたとしても、やはり自分で実際に入ってみて、自分自身で得た感触を大切にしながら業者比較をすることが、一番大切でまちがいのないやり方ではなかろうか。無論それなりのコストがかかるにしても、である。第3者が出す比較表はどこまでいっても“とっかかり”の参考でしかない。


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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