レバレッジ規制とマージンカット機能(後編)
▼建議3について(適切な保証金の預託について)
相場変動(配信レート)が引き起こす問題
リアルタイムに近い状態で顧客のポジションがうまくカットできるシステムの場合は、相場変動が早くてもティックごともしくはそれに近いステップでレートが配信されていれば、大きなスリッページは発生しないので、ロジックどおりにカットが発動し、顧客の口座が赤になることはない。つまり、一日でどれくらいの変動があるかではなくて、どれくらい細かくロスカットに使えるレートがシステム内で随時配信され、そのレートが適切にかつ遅滞なくロスカットの処理にシステム内で使われているかが重要なのである。この意味でレートの異常配信もしくはシステム障害を起こしたときが、口座がマイナスになる事態を引き起こすメカニカルな意味での原因なのである。相場の急激な変動という捕らえ方ではなくて、一日で110円から90円に円高になるような大幅な変化であっても、それがティックベースでのレート更新(98.70->98.69->98.68のように)であればそれは急激でもなんでもないのである。マージンカットを監視するプロセスに入る配信レートが、98.00 から突然97.00になるから問題が発生するのである。その間の時間軸は大まかには問題ではない。これを防ぐ方法は、業者が使うシステムのマージン計算機能の高速化と、より細かくレートが配信できるようにレベルの高いインターバンクのカバー先からのレート配信を充実させることでしか対応はできない。
リスクシナリオ
仮にそれら条件が満たされたとしても、リスクシナリオとしてどこまでを含めるかはそのシステムをデザイン運用する業者の英知に依存する。たとえば前述のロシア危機のときは30分程度の間に130円から110円まで20円ぐらい下がるという経験をしている。117円から110までは一瞬だったと記憶している。その間ロイター画面のレートは停止したまま。今、ロイターやEBSが停止すると銀行からの配信レートも多くは停止する。また、そこで突然10円違うレートが配信されそれがバグではないという状況の場合、これが現実に起こればほぼすべての業者において大量の赤残口座が生まれることは必至である。
ここまでの最悪シナリオを考慮しないまでも、たとえば、突然ドル円で3円のレートのジャンプがあった場合にマージンカットになってもいいかどうかというシナリオを業者も顧客も常に考える癖をつけることが大切なのである。こうしたジャンプは週末越えに発生しやすい。癖のつけ方としては、私のアイデアだが、たとえば「当社の現在のサービスは相場急変のシナリオとして、レートのジャンプが最大100ポイントを前提としており、それ以上のジャンプがあった場合で、証拠金の余剰がない口座においては、マージンカット後の残高がマイナスになる可能性が極めて高い」というような説明を事前に顧客に理解してもらうようなガイダンスを行うことである。
結論に戻って、
結論に戻るが、使うシステムの特性やパフォーマンス、またインターバンクの流動性に直結させている業者はその流動性(一発で何百万ドル、何千万ドルのカバーができる状態かどうか)をも勘案して、顧客口座がロスカット後マイナス残高になるような事態がおきないように、その意味での「水準」に証拠金率(額)を設定するべきなのである。このことと、ハイレバレッジの結果あっという間に証拠金を失うという問題は同義ではない。
ハイレバレッジであっても適切な処置が行われマージンカット後に残高が残るのであれば、それは不測の事態とはいえないし、紛争の原因にもならないはずである。
業者として健全でありたいなら、当然適切かつ理想の証拠金率の水準を、年間を通して一度も顧客口座にマイナス残高を発生させないレベルに定めることである。これはシステムの機能性とカバー先の流動性に深くかかわる問題であり、極めて達成困難な目標である。一方その結果、妥当な水準かどうかの判断は、現実に、業界全体で財務諸表上にでてくる引当金の中身とその償却の実態を勘案して見つけださなくてはならないのではないだろうか。ほかに客観性を求める対象が見当たらない。
また、その規制の手段としてのレバレッジ何倍という表現方法も、業界の多様なシステムを見ればわかるとおり、簡単な解釈で一元的に対応できるほど簡単なロジックにはなっていない。上述のとおり、システムデザインは曖昧さを受け入れないし、非理論的な処理もできない。マージンカットのルールも、まず証拠金計算ロジックからして定額、定率、NOPと3種類あり、マージンカットラインだけを提示する業者から、必要証拠金(最初にポジションを立てるときにあるべき残高)、警告ライン、維持証拠金(マージンカットラインと同義)を提示するなどいろいろである。さらにいえば、配信レート関連で、約定のルールがDI(カバー取引が成立したかどうかにかかわらず約定する)かDMA(カバー取引が成立することを条件に顧客注文を約定させる)モデルかでも微妙に対応が変わってくるのである。つまり、単純にレバレッジは何倍までとするという規制表現は現場に相当な混乱を生み出すのである。
感想
最後に個人的な感想であるが、さすがにレバレッジ600倍はどうかと思うが、100倍程度であれば、可能であるという気がする。ただし、この辺になると、基本は自宅でPCの前に張り付くハイエンドのデイトレーダーのスタイルが前提である。毎回、10銭程度をこまめに抜きたい、その代わり一回ごとのポジションはでかくという取引にはレバレッジは大切である。彼らはシステムがマージンカットする前に自分でポジションを切るだろう。彼らにとって苦情の温床は、システムの動きが鈍くなることによる機会損失や多大なスリッページである。一方そういうスタイルでないオーバーナイトでポジションを維持する投資家はたとえレバレッジが100倍でできますといわれても、せいぜい3倍から10倍程度でやるのが普通の感覚である。業者が言うのは選択可能な最大レバレッジ率であって、それを選ぶのは投資家の意思である。そのプロセスに誤解や幻想がないように業者は注意しなくてはならないはずである。ここが完璧ならレバレッジが問題としては浮上してこない。本来予防措置としての規制対象はここに焦点があてられるべきなのである。
本文でロシア危機の話に触れたが当時と今ではITインフラのレベルが格段に違う。また銀行のレート配信の質、安定性も格段に上がってきている。かかる環境下でレバレッジが20倍であろうと、100倍であろうと、すべての口座のマージンカットの計算が遅滞なく適切に行われ、顧客からみてストレスを感じないレベルでのカット処理が行われ、スリッページも許容範囲で収まり、結果顧客の口座には、マージンカットライン(維持証拠金)よりは少ないが、ゼロより大きい数字が残れば、損で終わっても顧客側の納得は得られるはずである。それ以外の外部的要因、本当にインターバンク市場が100ポイント以上一瞬にして動いたというような現象によって、顧客が多大なスリッページをこうむり、結果マイナス残高になってしまった場合は、これは業者の責任ではなく、相場のあるべき姿の一部を経験したことになる。こうしためったにおきないことを、おきないこととして想定外にするか、おきたことがある以上おきることとして想定内にするかはリスクに対する姿勢の問題である。これは業者も投資家も同様である。どちらか一方だけにしわ寄せされうる問題ではない。
ちなみに、私の手元のデータからだが、10月24日のドル円のハイローの差は7円を越えている。ドル円の過去一年間のデイリーのハイローの平均値が1.54、標準偏差が0.81である。これだと対象データが正規分布しているという前提で、一シグマの大きいほうが2.35になる。ドル円のレートが98円として、そのレバレッジは、41倍となる。では、最大のレバレッジは40倍までとしても、それ以上のレートの変動は時折(事象として全体の30%)ある。上述の配信レートの質、システムのパフォーマンスの質が高い業者においてはレバレッジが100倍でも顧客にストレスをあたえることはほとんどおきないだろうし、たとえレバレッジが最大30倍までに抑えている業者でもシステム障害、遅延等が頻発すれば、顧客に予期せぬスリッページによる損害が出て、結果そういう業者ではマージンカットがうまく想定どおりにいかず、苦情、紛争は耐えないのである。
上記、レバレッジ規制をする動機となった投資家の苦情紛争等の具体例を知りたいというのはこういう事実関係を検証してみたいからである。私には、レバレッジ何倍までという規制は、インフルエンザの処方に解熱剤を投与することに似ているように見えてならないのである。
(全編終了)