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尾関高のFXダイアリー

市場リスク額がゼロって、ほんとう?〜自己資本規制比率の有効性〜

 「市場リスク額」というのはその業者がネットで持っているポジションに比例して増加する。つまり、市場リスク額が大きければ大きいほどその業者は市場リスクを抱えているという意味になる。しかしだからといって危ない、倒産の危険を帯びているという意味ではないことに注意してほしい。なぜなら、リスクは市場の考え方として利益の源泉だからである。リスクのないところに利益はない。そういう意味で、抱えるリスクをうまくコントロールできる業者かどうかを総合的に見ないと単にリスク額が大きいからといって危ないという意味にはならない。建前、一般論としてはそういうことである。

さらにそのリスク額を計算して導き出す「自己資本規制比率」というのがある。大体業界は200%から500%ぐらい、大きいところでは900%の数字を出しているあれである。これが140%をきると、業務停止命令がいつ出てもおかしくない状態となる。120%をきると退場である。したがって、業者は絶対140%以下にはならないように努力をする。

業者が開示するこの比率の中に「市場リスク額」という項目があるが、この数字の多くはゼロもしくは数百万円程度になっている。この数字は月末の締めのタイミングで計算されたものが開示されているはずである。したがって、その時点で業者が保有するネットポジション(対顧客と対カバー先で持つポジションの合計、ネット額)から計算されるリスク額であり、その業者が本来持っている市場リスクとは若干ニュアンスは異なる。多くの業者は日締めのタイミングでもしも残ったネットポジションがあれば便宜上いったんそれを閉じるべくカバー取引をインターバンクで行う。そして日付が変わったところでまた閉じたものを立て直す。それは時間にして数分内で済む。日付変更タイミングをまたげばいいのである。そのときの売り買いの値段の差で損したり得したりするかもしれないが瞬間的に締めのタイミングをまたいでやるのでさほどではない。そのコストを払ってでも、市場リスク額を小さくして、規制比率は大きくみせたいのである。

しかし、個人的には、これは250%以上の比率を維持できている業者ならあまり意味がない作業であると思っている。その作業のために250%になるはずの比率が270%になる程度ならやらないほうがましである。しかしそれでも、毎日日締めのタイミングで全部ポジションを閉じるというルールを取ると、そのルールは業務担当者において忠実に実行され、そもそもなぜという疑問も生まれてこないまま、やがてそれが業界の常識となっていくのかもしれない。

そもそもこの計算方式は、BISが国際銀行の自己資本強化を強制するために生まれたやり方である。リスクの賭け目が8%というのもBISに習っている。銀行というのは、日締めにこの比率を高めるためにとりあえずいったん仕切ってあした(それは数十秒後)立て直すということができないポジションを多く抱える。スポット取引などは割りと仕切りやすいが、金利商品(住宅ローンとか長期の貸し出し)などは、ポジションがでかすぎて仕切るなどとんでもない話になる。(そんなことをすれば市場が混乱するし、そもそも受け手がいない・・・予断ながらそれをリーマンは破綻に際してやったのである。そして皆さんご存知のようなことがおきた。)すると切るに切れないポジションのリスクがあぶりだされるのである。いってみればこれは「底溜まりリスク」である。銀行はそういう底溜まりのリスクから安定的な収入を得る。

一方為替の業者はそういう底溜まりのポジションというのがないので、上述のように、簡単にポジション=0、つまり市場リスク額ゼロを作り出すことができる。はたしてそのようにして作為的に計算される比率にどれほどの意味があるだろうか。市場リスク額が意図的にゼロにした状態で計算される比率が含むのは、あとは基礎リスクぐらいである。信用リスクは掛け目が1.2%の相手を選んで行われることがほとんどだろうからあまりインパクトはない。明確に自己勘定口座を持って意図的に中長期のトレーディングをしている業者にしかこの数字の意義は見出せない。

そういうわけで市場リスク額というのはこの業界では見てもあまり意味がないというのが私の意見であり、むしろその業者が抱える潜在的な市場リスクは取引高そのものであると考えるほうが妥当である。なぜならば、多くの業者の場合、顧客の注文とカバーの注文を紐づけているケースはまだ少ない。つまり、顧客側だけが約定しているが、それにあわせて十分適切なカバーが行えない状況が生まれる可能性、危険性というものがある限り、取引高に比例してそのリスクは高まるからである。FXCMジャパンのようにカバー先とDMAをしている場合はカバーが取れなければ客の注文も約定しないというルールでシステムが作られているため、このようなリスクは一義的には生まれない。

一方、市場リスク額の計算の方法にはBIS規制で使われるBOE方式のほかに簡便な約定総額x2%の方法も許されている。これは前者に対して金額が多くなるので一般には使われない。しかしむしろこれを使うほうが当業界の現実の市場リスクの計量には向いていると私は思う。業者によっては前者の計算も本当に正しく行われているか疑わしいが、後者であれば単純な計算なので前者よりは正しい計算が行えるだろう。業界全体が正しく同じ計算ルールに従って算出しているという安心感、信頼感があって初めてその数字を比較することに意味が生まれるが今の状況ではそれもまだまだ怪しいのではないかという気がする。臨検によってその点も正確に調べられ間違いがあれば指摘されているものと信じたいが、検査する側にも限界があろうし、対象となるデータ群は膨大で業者ごとにデータフォーマットも違えば、それらを調べる側もどこまで正確に見極められるかは疑問である。少なくともかなり困難であることはいえる。

従来の証券業界のように大方が大和総研、野村総研といった、ほぼ決まったSI業者によって何十年にわたりバックシステムが一義的に確立されている場合は、証券会社が違えども用意されるデータのフォーマットには画一性がある程度保たれるために調べるほうもやりやすいのだろうが、為替のシステムに関してはまだまだ群雄割拠、戦国時代の状態から抜け出しているとは言いがたい。ましてや為替についての深い知識と経験を持った人がそれらの開発に常に従事しているとは言いがたく、ものによってはありえないようなデータの処理をしているケースもあるかもしれない(今はどうかはわからないが、数年前まではそういう事例を目の当たりにしたことがあるのでそう言える)。

そもそも金融機関のリスクに対する資本の充実度を図る目的で出来上がっている資本とリスクのバランスの計量モデルが、FX専業の業者のそれに適応しているとは思えない。自己資本規制比率は証券業界の業態をベースに作られている。従来型の証券会社は取次ぎなのでそうしたリスクは少なく、一方大手の証券会社はOTC取引や外貨などさまざまなリスクを抱えているのでこの計算方式は意味があった。ひるがえてってFX専業の場合は、日を超えて中長期的に(自己勘定として)市場リスクをとるポジションをもつ必要性がない。その代わり、今までは考えられないような取引の量が脆弱なバランスシート(資本)の上で高速回転しているのである。その回転の仕掛けが突然火を噴いたときのリスクをどのように計測するべきかという問いに、いまの計算方式はわかりやすく答えてはくれない。


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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