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尾関高のFXダイアリー

追証かマージンカットか

 外国為替証拠金取引をネット中心に提供する業者のほとんどがマージンカットルールを採用している。これは、ポジションの評価損が預かっている証拠金よりも大きくなる前に自動的に強制決済をするルールで、最初に交わす契約書に謳われているルールである。これにより最悪の場合でも顧客はお金を返してもらって口座を閉じることが出来る。余計に払って口座を閉じることほど敗北感を味わうことはない。

証券の場合、このルールをストレートに適用することは規則上できない。従って、一般には、一定のレベルまで評価損が拡大すると、追証通知がされ、それから一定時間以内に追加の証拠金(保証金)が差入れられない場合は、業者が強制決済に及ぶことになる。どちらも結局は業者が勝手に“ポジションを切る”権限を有しているが、FXにおいてはマージンカットがリアルタイムで実行できるのに対し、証券の追証制度は、一日程度追証の支払を待たなくてはならない点が大きく違う。一日待っている間に、差入れられた証拠金以上の損を出すと、結局追加の証拠金も入らないうちに、強制決済となり、預かっている以上の損失が発生するケースが生まれる。従って証券会社は、株の信用取引と先物取引口座において、相場が想定以上に荒れると「未収」とか「焦げ付き」とよばれるいわゆる不良資産を発生させてしまうリスクを常に抱えている。

本来、追証制度は投資家保護の見地から作られた制度のはずなのだが(いまとなっては、それがどういう見地か想像しづらいのだが)、今はむしろその逆効果が働いている。あくまで一般論として、個人投資家の多くは異常なボラティリティ(相場の急落、急騰)によって予想だにしなかった評価損が出て、証券会社から追加の証拠(担保)金を求められても、簡単に余計なお金があるわけではない。そうなると、「追加は払えないけどポジションは切らないで」という交渉が始まる。はっきり「払えないので切ってくれ」といってもらえればそれは注文の受託になるから残金がわずかでも残る間に損切りができていいのだが、たいていは、「考えるから一日待って」という引き伸ばし作戦に出る。実際何も考えていないのが普通であり、結局、あくる日になって、「昨日切っとけば10万円の損で済んだのに、今日になって30万円の損で切る羽目になった」という事態を招く。この人が、口座に30万円以上証拠金を入れていれば、証券会社として十分な担保があり問題ないが、仮に20万円しか入れてなかったとすれば、10万円不足になるので、証券会社はこの人に支払ってもらうまで督促することになる。金額が少ないほうが支払に応じるケースは多いが、金額が大きくなれば応じないケースが増える。そういうリスクを背負って証券会社は信用取引や先物取引を取次いでいる。回収不能に陥る金額がその証券会社の体力以上になれば、会社は倒産する。私はもともと銀行系の文化に漬かっていた人間なのだが、このルールを知ったときは正直“びびった”ものである。このリスクから遠ざかるためには、顧客から手厚い証拠(保証)金を入れてもらうか、手数料をもっと多く取るか、建て玉制限を個別に加えるかという手間隙の係るオペレーションが必要になるが、現実には手数料は下がり、証拠金率も下がりつつある。これはそういうリスクを昔以上に証券会社は抱えるようになってきていることを意味する。そこで、それをヘッジしてくれるのがIT技術ということになる。

その点マージンカットのルールは顧客から預かった資金が評価損ですべてなくなる前にポジションを強制決済する仕組みなので回収不能に陥る資産が生まれにくい。ただし、マージンカットルールは、ITインフラが大前提である。何千、何万という顧客の口座状況を市場が動くたびに再計算(値洗い)をして、状況を判断し、一定のルールに基づいて条件にヒットした口座のポジションを自動的に反対売買して決済してゆく。この機能がどれくらいの信頼性を担保して稼動しているかが生命線になる。株の信用、先物取引にも早くこのルールが導入可能になるべきだと思うのだが、そういった検討はされているのだろうか。商品先物業界では、取引所、取引員、そうして監督官庁を巻き込んでその検討が現在行われているそうである。東証も国際社会からの信用を失うような事件を引き起こしているのだから、その対策のついでにこれもドサクサ紛れで入れてほしいと思うのだが、相手が法律なだけにこれは取引所ではなく金融庁の話か。

これを執筆する前日にいわゆるライブドアショックで東証が取引数量制限で取引の締めを早めるという特例措置をとったばかりなのでこういう話になってきているが、これだけネットによる個人投資家の売買が幅を利かせるようになると、システム構築の前提がすでに成り立っていない。いまはサーバー増強で話はすむが、上記マージンカットのような法律の改正も含めた見直しを行いながら、東証等取引所と手に手を取った対策を打っていかないと、つぎはぎだらけの修理になっていつも後手後手になってしまう。自戒の念をこめつつ認識を新たにする。


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 おまけの話だが、東証が証券会社になるべく注文はまとめてくれという依頼をしたそうである。注文数、約定数ともに最高水準に近づいたためそういう依頼をした背景はよくわかるが、ほとんどの取引員はそういう注文の発注はシステムが自動的にやっているので(自動的やるから件数が増えるのだが)、突然午前に言われて午後から対応できるような代物ではない。それを知りながらの発言なら気持ちはわかる。現実は、「車は急に止まれない」である。ならば、証券会社各社のなかでぶつかる注文は中で成立させてからあとで取引所に約定を移管する、いわゆるEFSとかEFPと呼ばれる制度をとりいれたらどうだろうか。ただし取引所や他の証券会社とは違う価格での約定を認めることが前提になるが、システムの作り方次第では一物一価のルールを守ることは可能だろう。もしくはECN的なインフラをもっと推し進めるか。これは取引所からすると収益機会の喪失になるのでうれしい話ではない。

 さらについでに言えば、寄り付きと引けに取引が集中するのも、そのピークにあわせたシステム構築が必要になり、そのときはシステムの稼働率が90%だが普段は2〜30%という不効率を排除する目的で、立会いを9時から3時という伝統を破棄し、いっそ午前6時から夜の12時くらいまでにして、だらだらとはじまり、だらだらと終わる市場にすればいいのではないか。もっと言えば24時間。「寄り付き」などという人工的な約定はやめて、為替のように100%ざら場にしてしまえばいいのである(ここまでいうとまさに「ダイアリー」としての独り言の域に達しているとご理解いただきたい)。

 もともと取引所は一物一価の価値観を実現するべくして実現した社会インフラなのだが、よくよく見てみれば、必ずしも公平な約定が行われているわけではない。常に500円で取引されている株を500円で買いたいと思っても、自分は買えなかったが他の人で買っている人はいるのである。ではその順番はどのように決まるかであるが、取引所につないでいるシステムの回線の設定やパフォーマンス等々により、到着時間順とはいってもその時間差は無差別ではない。みずほ証券の事件を見ても不測の事態が発生したときは公平な裁定などありえないということが実感として伝わってくる。厳密な意味での公平はないことを痛感する昨今の事件である(1/26記)。


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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