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尾関高のFXダイアリー

スプレッドゼロの行き着く先/市場リスク8%の意味(前編)

 スプレッドゼロにするということは具体的に言えば、110.10-110.10であり、売っても買っても110.10ということです。業界用語ではこれを「チョイスプライス」と呼んだりします。為替取引に限らずおよそ相場というものはほぼかならず売値と買値の間には差があるもので、この“差”が帰納法的にというか、結果論として、別途手数料を取らない場合は、収益の源泉となるわけです。これがOTCの価格形成の基本です。では、手数料もない、スプレッドもないということではいったいどこで収益を確保するのでしょうか。

カバー取引にいろいろなロジックを介在させることは可能だし、実際の運用によって一時的に多少収益をだすことも可能かもしれませんが、これには大きなリスクが伴います。スプレッドを狭くする分リスクが高まるのは当たり前な話です。

もう少し具体的に説明すると、同時に同じ値段の客の売りと買いが同額で約定する可能性は低いため、業者のディーリングデスクのモニターにはカバー取引を行う前には必ずロングかショートのポジションが見えていることになります。このとき、デスクでのリスク管理ルールとしてどういうリスク許容量の範囲内でカバー取引をするかで、その一定時間ごとに見るポジションを「利食う」か「損切る」か、という作業が行われることになります。ここにその業者が信頼するシステムロジックがあったとして、(そのロジックがシステム的に提供されるかあるいは特定のディーラーの知識と経験と勘で提供されるかはどちらでも同じことですが)そのロジックどおりにカバーのタイミングをずらしながらある程度の利益を確保してゆくという運用は十分ありえる(というか誰かやりそうな)ことに見えます。

しかしながら、今回の金融危機のように大きな相場変動が発生したときにその流れにうまくついていけるようなロジックがそう簡単に手に入るとも思えず、また存在するとも思えず、結局、ロジックが赤を垂れ流し始めれば、担当者責任者はパニックになり、そのロジックをとめてとにかく損の拡大を抑えようとマニュアルに切り替えます。そういうときは間違いなく今回のような荒れた相場になっているので、インターバンクのドル円ですら、有力銀行数行をまとめてもスプレッドが5〜8銭という状況で(一行だけだと数十銭)、かたや顧客には約束どおりのスプレッドゼロを貫きながら、反対のインターバンクでは5銭、8銭のスプレッドを叩かされれば、毎回のカバーにおいてポイントベースで数銭の損失が発生し、さらに言えば、カバーするときはアマウントが数百万ドル単位でしょうから、その分さらにスプレッドがワイドになる危険性があります。またまたさらに言えば、それに追い討ちをかけるように、そういうときのシステムの動きは緩慢になりがちですから、実際には数秒から数十秒まえに発生した客のポジションを見ながらカバーに行くので、一方向に急激に相場が走っているときは、実際にはもっと大きなスリップを起こしてしまう可能性が高いわけです。大体そういう時は顧客のストップやマージンカットが発生しているので、業者から見れば相場の流れに反して相場に向かうポジションが発生しがちです。つまりみるみるうちに評価損が膨らんでいくとても怖い状況が生まれやすいのです。何十年と経験を重ね、幾多の金融危機を乗り越えてきた名の知れた国際的な金融機関ですらスプレッドをゼロで提供するなどということは絶対しません(ほかに抱き合わせのビジネスがついていない限り)。仮にそれに近いことをしたとしても、そこから生まれる市場リスクを十分受け止められるだけの資本力が裏打ちされているからこそできる技だと思います。

翻って、本業界においてそこまでの資本力を有している業者があるでしょうか?預かりが1000億を超える業者がひとつあるだけで、自己資産が100億を超える業者はまだありません。資本金が5000万円以上でできる金融先物業だからといって間違っても5000万円だけでできるモデルではないと思います。仮に損して得取れで、相場が荒れたときは損しても仕方がないから普段の相場でチャンと利益を上げようという前提であるならば、一回のあれた相場、想定外の動きでつぶれる金融機関を見ている今、それをどう受け止めればいいのでしょう。今までの経験でそういうモデルがワークするという判断は、その「今まで」の範囲が曲者なのです。プラザ合意以降の円高の流れの中で、ゴルバチョフ暗殺のデマでの動き、そこまでさかのぼらなくても、ヘッジファンド隆盛の150近くまでの円安や、ロシア危機に端を発したLTCMの破綻、ニューヨークテロ等の異常な相場をもクリアできる安定したビジネスロジックが追及されなくてはならないのが本筋だと思うのですが、ただ目先の客集めや預かり資産の増加のために、ある程度の利益を放棄してでも卸と小売の値段逆転的な営業に乗り出すのは、それによって増加する市場リスク(想定される損失額)が果たして担保されているのか、会社の資本力に照らして本当に適切なレベルでのポジション管理が行えるのかという議論が本当に業者内部で精査された上での結論なのかがどうしても疑問として出てきます。少なくとも私は直感的にそう感じてしまいます。そしてこの疑問は必ず、将来現実の事故として表面化するのです。

過渡的に、広告宣伝費の位置づけでスプレッドゼロキャンペーンという理屈ならわかります。しかしそれを恒常的に行うのはたぶん長続きはしないと思います。法律で定められる自己資本規制比率の中の市場リスク額の掛け目は8%です。今回の異常な相場はデイリーのボラティリティベースで見てもそれを越えています。この意味に気づき、その事実を凝視し、冷や汗を流せる感覚を持った人がもっと業者内部でいてくれないと、再びこの業界の信頼度が下がることにもなりかねないと危惧します。

>>次回:スプレッドゼロの行き着く先/市場リスク8%の意味(後編)に続く


プロフィール

尾関高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社勤務等をへて、現在は、日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場にかかわるさまざまな分野においても積極的に意見具申中。
拙著に、「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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