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【The FxACE】ディーラー烈士伝

「森羅万象の世界の中で」 ―中江史人 氏 [後編]

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中江史人


(中編はこちらから)


■為替は常に判断を迫られる


 いろいろと学んだ為替の中で、最も琴線に触れたのは、自分で決断をするということだった。その人のポジションの持ち方によって、決断は1秒ごとだったり1時間ごとだったりまたは半年ごとだったりと異なるが、常に決断を迫られる。例えば、ニュートラルにしていて何もポジションを持ってなくて相場が動いてしまうとショックだ。特に自分が、躊躇して結局ニュートラルにした場合のショックは大きい。これは、個人的には損するよりも嫌なことだった。

やらないこともリスクだし、やったらその瞬間からリスクになる。それだけでなく、ポジションを減らすとか増やすということもあるので、いずれにしろ常に判断を迫られるのがこの職業の特徴だ。


企業の場合、売上を伸ばそうとしたら、結果は何カ月〜1年というスパンで見てうまくいったかどうか判断するけれど、ディーラーの場合は、ディーリングを終えた瞬間に、自分のやったことが間違いか正しいか、ただちに結果として表れる。その瞬間は正しかったとしても、それから2秒後には負けているかもしれない。

間断なく判断を求められ、結果がすぐに出るというのは過酷な仕事だ。だから、ひとえにこの仕事が好きでないと勤まらないし、好奇心の強い人でないとできないのでないかと思う。マーケットは、自分が考え、自分が正しいと思ったことに対して明確な答え(結果)を与えてくれたから、自分の性には合っていたと思う。


逆に、嫌いな人にとってこれほど嫌なことはないだろう。テレビなどの視聴率と似たような感じだ。ディーラーの場合は、決断した結果(視聴率)が0.0何秒刻みでずっと出ているようなもの。だから、特にスポットディーラーは、四の五の言ってる暇が有ったら体を動かす、つまり先に述べたような反射神経でトレードすることになる。こっちへ動いたら乗っかるべきなのか、それとも反対へ行くべきなのかということしか考えていない。


■のめりこまないようにするために


 為替は、のめり込まなければこれほど楽しいものはないだろう。のめりこまないようにするにはどうすればいいか。それは、自分の範囲を超えてやらないことだ。例えば100万円の元手があるなら50万円は損していい。そういうつもりで楽しくやれることをおすすめする。勝とうなんて思うこと自体が間違っているので、勝てばラッキーだと思えばいいし、負けたら勉強と思えばいい。

為替は世界中で、1日何兆ドルという倍大な量が取引されているので、メジャーな通貨ならば、その流動性が急になくなる可能性は少ない。この流動性の点を考慮すれば、FXでレバレッジを掛け過ぎさえしなければ、為替は最も怪我が少ない取引だと思う。ただ、為替は理屈がないだけに、これほど不条理なものもない。


僕自身がそうだが、ディーリングを始めたときに、今まで自分が知らなかったり気にもしていなかった世界中で起きていることがものすごく身近にボンボン見えてくる。そして、そういったことに対して相場が反応することも多いが、反応の仕方が必ずしも直接的でなくて、一筋縄では行かなかったりするところに、相場の難しさとおもしろさがある。

個人投資家の方も、こういった世界中の動きは、FXをすることによって、感じとれるはずだ。自分はちっぽけな存在だけれど、世界の中にちょっと身を置くような感覚は楽しいものだと思う。世界の中央銀行総裁や首相といった人たちと仲間のような気がしてくる。日本の状況だって良くないのに、どうして円が強いのだろうと疑問に思えば、こういったことを考えることが勉強になるし、答えは見出せなくても、自分の意見を持って人と話すことができるようになる。


現在は、ホールセールバンキングの共同代表として、ファイナンシャルマーケッツ、コーポレートファイナンス、プリンシパルファイナンスを擁するグローバルマーケッツ部門の責任者をしている。ファイナンシャルマーケッツが大きくて、中でもマーケットのセールスとALMというバランスシートマネジメントのウェイトが高い。

コーポレートファイナンスに属しているプロジェクトエクスポートファイナンスは、日本のインフラの輸出や資源を求める活動を行っている商社やメーカーといったお客さんをファイナンス面でサポートするという仕事だ。

もうとうの昔に、直接相場をはることからは離れてしまったが、現在の仕事も為替をはじめマーケットと関係している。30歳から為替を始めてちょうど30年経ってしまっているのだと思うと感慨深い。


■“ワクワク”に巡り合えて


 その間、96年4月〜99年3月まで、東京外国為替市場委員会議長を勤めさせてもらったこともあった。同委員会は、96年に市場慣行委員会から改組改名されたもので、僕は初代の議長ということになる。基本的に為替市場は自由なマーケットである。自由であるがゆえに、自分たちで勝手に暴走すると、規制を招いてしまう怖れがある。

マーケットはできるだけ規制がないほうが、実体を反映するのは間違いないが、余計な規制を招かないようにするために、自分たちでやっていいこととやっていけないことを律しようとするのが、そもそもの市場委員会の主旨で、東京外為市場に自分なりの貢献ができるようがんばらせてもらったつもりだ。


僕はちょうど還暦を迎えたが、よく周囲から、本当に60歳かと驚かれる。特に外国人には、40代だと思われてしまい、若さのシークレットを教えてくれと訊かれたりする。見た目の若さは自分ではよくわからないが、あえて言うならば、嫌なことがあっても極めて挽回が早いということ、若い人の言葉を素直に聞けること、好奇心が強く熱中しやすいこと等、精神面において若いからかもしれない。少なくとも、切り換えの早さは、ディーリングには有効に働いてくれたようだ。

何かに熱中するということは、常に何かに恋をするということだと思う。誰かを好きになることでもいいし、音楽でも美術も、何でもいい。とにかく自分がワクワクするような何かを持っていると、活き活きできる。ただ、不思議なもので、無理やりに何かを持とうとするとダメで、そこが難しいところではあるが。


為替には、多くの素晴らしい人たちとの出会いや知的好奇心の向上などを含めた楽しい世界を味わせてもらったばかりでなく、自分の中で決断を求められ、まだ、道半ばではあるが、その結果に対して言い訳はしないですべて受け止めるというような人間に向けて大きな成長も促してもらった。

懐の深い三菱で、僕のようないっぷう変ったタイプの人間が、為替というやりがいのある仕事を存分にさせてもらい、現在の会社でも12年間楽しませてもらっている。

もし、為替を知らなかったら、ディーラーになっていなかったら、今以上にいい加減な人間のままで終わっていたかもしれない。そして、何よりも、“人生最大級のワクワク感”を与えてもらったことに心から感謝したい。

(全編終了)

*2011年09月12日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)


【前編】“アウトサイダー”為替に出会う
【中編】いまだに初心者
【後編】勝てば幸運、負ければ勉強



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プロフィール

香澄ケイト

Kate Kasumi

外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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