「“得意淡然、失意泰然”で為替に臨む」 ―上原治也 氏 [中編]
■マザーカレンシーの銀行の動きに注目
出向によって、他にも多くのかけがえのないものが得られた。外銀と三菱信託銀行の長所や短所を実感できたこと。外銀ディーラーのネットワークに入れてもらえたこと。百戦錬磨の彼等から自己売買の感覚の鋭さを肌で実感させてもらったこと。そしてマーケットで長持ちしている人の共通点は、きわめてチームワークやマーケットや人を大事にし、皆、謙虚で人間的に尊敬できる人だということを知った。
ウエストLB にいた78年11月のカーターショックの時に、普段の取引カウンターパーティーでないテキサスの金融機関がドル円のプライスをテレックスで聞いてきた。プライスを出すと、ポーンと買っていく。どうしてかな、テキサスは今、夜中のはずなのにと訝しんでいると、また少ししてシカゴの銀行からプライスをくれとテレックスが入ってきた。そして、また買っていく。
このように、いつもは呼ばれないような金融機関から、おかしな時間帯で問い合わせてくることは、何かニュースを押さえていて、自国のマーケットがオープンする前に、玉を手当てしているとしか思えない。こういったことはこちらのポジションのヒントになる。この時がまさにその典型で、売り持ちを閉めて買い持ちに変えたことを覚えている。
金利取引を含むディーリングを行ううえで、マザーカレンシーの銀行の行動には、特に注意を払っていた。普段と違う動きが出る場合は、大きな相場の転換点になる可能性が高い。情報は、皆同じものを見ていても、それをどういうふうに読みこなすかはその人の感性次第で、ディーラーの資質として大切なものだと思う。言葉の表現の少しの違いを敏感に捉えられなくてはいけない。全部邦訳されてダラダラと流れている情報ではなく、現地の言葉で出てきているものをどういうふうに消化するかが大事だ。今、どこで誰が買っているとか売っているとか、マーケットの今ある状況を見ているだけでは“木を見て森を見ず”になる。
■工夫が収益を生み出す
当時の信託銀行は、貿易取引は圧倒的に不利で、資本取引が解禁されるまでは、外為取引における三菱信託銀行の東京外国為替市場でのシェアは1%〜2%程度だった。やはり東京市場における経常取引のシェアは東京銀行が突出していた。そのため、僕たちは何とか三菱信託銀行の為替のアイデンティテイ-を構築したい、そのためには他の金融機関がやらないことをやるしかないと思った。
その一つのきっかけは、オーストラリアのコモンウェルス銀行から1億円で3カ月物を出してくれと聞かれたことだった。彼らがドル建でなく円建で先物を依頼するからには、円の実需取引がオセアニア地域に生まれているに違いないと実感した。それからは毎年オーストラリアとニュージーランドを訪れて現地金融機関とのネットワークを強化した。この営業努力の結果として、ドル・円はもとより豪ドル・円、NZドル・円など、オセアニア地域の金融機関からの円の先物為替取引は、三菱信託銀行がほぼ独占的に受けていたと思う。
また、中近東ビジネスにも注力した。ウエストLB時代に培った人脈を活用して、バーレーンやサウジアラビアの銀行とのネットワークを構築した。中東通貨の先物を算出する為、ドル・ポンド・マルクのバスケットの構成比を仮定し、各通貨の金利をベースに仮想バスケットを作成した。ドルが弱くなってくれば、バスケットのドルのポーションを小さくするはずだなどと想定しながら、中東通貨のデポジット金利を自分で仮定して、円との金利差で先物を算出した。当時は、日本企業のプラント輸出が中東に根付き始めた頃で、お客さまにも大いに評価された。
■為替の深層は先物に関わっている
為替と言えば、為替リスクをとるスポット(直物)ディーリングを真っ先に考える人が多いが、為替取引にはもう一つマネーディーリング(資金取引)に直結する先物がある。スポットと先物のスプレッド(開き)の変動リスクを取る先物為替(フォワード取引)では、先物の期間が長ければ長いほど収益の妙味(当然リスク)がある。スポットは当面の金利差や市場情報に大きく左右されるが、先物はスポットの動向に加え将来の金利差も織り込むため変数が増える分、収益のチャンスも拡がるのだ。
通常、為替のディーラーが、ドル円の買いをすると、今度はドル円の売りでひっくり返してポジションをスクエアにするというのが一般的だ。それは、為替は為替で完結しろと言われているからだ。ところが、為替と金利を一緒にやるディーラーの場合、3カ月物のドルでの買って売りは、スポットのドルを買うので、自分の懐にはドルが入り、円が出ていくことになる。3ヶ月先では逆のマネーフローになる。
これを金利で考えると、ドルの調達(ロング)と円の運用(ショート)の関係が成り立つ。この3ヶ月の間、ドルの金利が上がると思えば当面は短期で運用し、ドルの金利が下がると思えば早めに長期で運用しミスマッチを作る。同様に円の運用では、手許にない円を市場で借りてくる必要があるため、円の金利が上がると思えば3ヶ月超で市場から借り入れ、円の金利が一定の間下がると思えば3カ月以内の短期で借り入れる。この金利差のさじ加減次第で収益も損も著しく変動する。
従って、先物為替は二つの通貨の資金取引と受取利息と支払利息に仕訳をすればリスクとその変数が管理可能になり、為替取引を資金取引に転換出来る。当時の三菱信託銀行の儲けの源泉は、先物為替の衣を被った資金取引だった。
2年のスワップなども作った。ドル金利が落ちると思うと、ドルの売って買いをする。ドルを売ると、ドルを放出したことになって、円が入ってくるので、円を3カ月の金利で調達したのであれば、この円の金利はもうチャラでもいいが、ドルは金利が落ちるから、そこはショートにしておくと、3カ月物のドルが1週間後には公定歩合が引き下がって、金利差で儲けられる。
こういった取引を多通貨会計というが、当時の大蔵省の指導では、常に為替のポジションは「買って売り」だったら「売って買い」だという為替完結型であり、多通貨会計は理解されていなかった。実は、買って売りをして放っておくと、必ずドルの運用の受け取り利息分だけ持ち高が買い持ちになるので、本当は売らなくてはいけないことになる。これをカバーして売ると、当時の外国為替のルールでは、売り持ちになってしまう。だから、潜在的な買い持ちと売り持ちが相殺されて本当はスクエアなのだけれど、この潜在的な買い持ちは、当時の大蔵省の外国為替の仕訳では基準外であった。
何とかこの仕訳を解決したいと考えていた時、『外国為替の計理』という本に遭遇した。読んでみたら、書いていることは正しいように思えた。すぐさま、著者(他の銀行の顧問、その後某国立大学の教授)に会いに行った。「君たちはわかってくれるのか。うちの銀行の人はわかってないんだ」と相好を崩しながら勘定科目まで丁寧に教えてくれた。当時の三菱信託銀行の資金為替課長が経理に強かった事も幸運だった。この理論をロンドンで展開する事とした。
(後編に続く)
*2009年10月26日の取材に基づいて記事を構成
(取材/文:香澄ケイト)
【前編】外銀出向で為替に開眼する
【中編】儲けの源泉は先物為替
【後編】壮大なチームワークと装置産業がリカバリーの礎
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