「ビジネスとしてのディーリングに徹す」―高橋征夫 氏[後編]
■物事も自分も客観的に見る
銀行でのディーリングはギャンブルでないというのが僕の持論だ。大きなポジションを作って、一か八かどちらに行くか分からないとハラハラして、ああ、これはうまくいったとかこれはダメだとかいうのはギャンブルである。ギャンブルは継続性のある企業のやる仕事ではない。ビジネスである限り、継続し、かつ次第に利益を大きくしていかなくてはならないのである。そのために、ディーリングは計算した上でのリスクテイキング(メジャードリスク)でやっていた。
あくまでもリスクを頭に入れ、そのリスクを計算しながらディーリングする。リスクテイキングというのは、少なくとも7:3または8:2ぐらいの期待や勝算が持ててやるものだと思っている。ディーリングをビジネスとする考えに基づいていたからこそ、僕はずっと為替の第一線に立って続けてくることができた。事実、大きな銀行で、僕のように上り調子で最後までやってきた人は少ない。
ディーラーは物事を客観的に見る目を持つことも大事だ。よくディーラーの中に、自分は為替がものすごく好きだという人がいる。為替がものすごく好きだということと、その人がディーラーとして向いているかということとは、必ずしも一致しない。為替が好きだと言っていても、ディーリングを継続し、かつ次第に利益を大きくできないのなら、為替ディーラーとしては向いてないということになる。
自分の成績も客観的に見なくてはいけない。負けが勝ちより多いのであれば、(客観的に自分を見て)本当はディーラーには向いていないのかもしれない。僕はこれまで何十人ものディーラーの育成を試みたが、人を育てることは決して容易ではない。だから、彼らには少なくとも、ファンダメンタルズや情報の分析手法や考え方だけは身につけさせたつもりでいる。
■ディーラーはニワトリであり、天秤の軸である
慢心はディーラーにとって致命傷だと思っている。常に謙虚な気持ちと平常心でマーケットを客観的にとらえてディーリングすべきだ、と僕はライオンとニワトリの例をとって部下に教えていた。ライオンが歩いていて、その後を、少し距離をおいてニワトリがついていっている。ライオンが小走りに走るとニワトリも小走りで走り、ライオンがゆっくり歩くとニワトリもゆっくり歩く。その内、ニワトリは「もしかしたら自分が追いかけているからライオンは逃げているのではないか」と錯覚する。
試しに少し早目に歩くとたまたまライオンも早足で歩くので、ニワトリはこれはもう間違いなく自分が追いかけているからライオンは逃げていると確信する。次にライオンがこちらを振り返った時に、慢心したニワトリは「自分が見えないのか」といって、ライオンに飛びかかるが、ライオンにたちどころに食べられてしまう。ライオンがマーケットで、ニワトリが我々ディーラーなのである。
また、ディーラーというのは天秤の軸のようなものだと思っている。右と左の皿は絶えずゆらゆら微妙に動いているので、実際は右の皿か左の皿のどちらが重いのか分からない。少し右側の皿が重いのは、もしかしたら、軸が少し左側に寄っていて、そのために右皿を重く感じているのかもしれない。軸が鈍かったり、グラグラしたりしていると、軸自体がずれていることさえ感じない。ディーラーは絶えずこの天秤の軸をしっかりとさせておいて、皿の上にそっと乗せられた羽一枚の重さを敏感に感じ取れるようにしておかなくてはいけない。そうすればこの羽一枚が乗せられる前と乗せられた後の微妙な差を感じとることができるのだ。
自分が、価値があると認めたほんの少数のディーラーと情報交換をしていると、時々、頭の中にあるコードに響く発言がある。その時にはそれに基づいてアクションをとるようにしていた。こういったことも常に天秤の軸を尖らせておかなくてはできない。優れたディーラーの存在は意外に少ない。まず言えることは、この世の中にカリスマディーラーは存在しない。僕を含めて誰もここから先が見えないのだ。それを見えるようなフリをしている人は嘘をついている。為替相場は誰が予測しても当たるか当たらないかは、なってみないと分からないというのが本当のところだ。
■10戦10勝を目指せ
決断力も大事な要素だ。ドル円が今92円で取引されているとして、現時点では92円で売りたい人と買いたい人が両サイドにいて均衡している状態にあり、次に相場がどちらに向かっているかを見極めることは大変難しい。要するにドルを買うべき材料と、売るべき材料が均衡しているわけだから、ここはドル買いかと思っても逆の材料が頭の中に閃き、もう少し待って、91円ぐらいまで下がってから買おうと思い、様子を見てしまいがちになる。そして、91円まで下がったら、今度はドルを92円から91円に押し下げた材料が気になり、もしかすると90円に落ちるかもしれないからここでは手を出さずに少し待とうということになり、結局は何もしないということになってしまう。
これではいけない。考えが閃いたらとにかくディールする。僕は「先にやって後で考えろ(Act first, think later)」と思っている。ドルは上がるから買いたいと思っているのなら、まず買ってみて、それから考える方がよい。そうすればドル上昇の要因だけが見えていたのが、逆に不安材料も見えてくる。そこでよく考えて、もし間違っていたと思えば、すぐにポジションをスクエアにすればよい。
僕はディーリングする場合に、絶対損したらいけないと思っている。つまり10回仕掛けたら10回勝つつもりでやるということだ。中には、いや、こんな相場だから分からないから7勝3敗でいいや的なことを言う人がいるけれどそれは甘い考えだ。10回やって10回勝つためには、1銭でも2銭でも3銭でもいいから、損しないで必ず儲けるような、きっかけやフィーリングといった仕掛けを自分で作って、繰り返すようにしないといけない。
よく相場でも“ツキ”という言葉が出てくる。このツキを定義することは非常に難しい。どうすればツキが良くなるかは、一生懸命やることが最低条件になるが、だからといって、一生懸命やれば、必ずしも良い成果が生み出せるわけでもない。ツキをなくすことは簡単で、自分の腕前を吹聴し出すと、不思議にツキはなくなりスランプに陥るケースが多い。自分が商社で20年、銀行で20年間やってくることができたのも、いわゆるツイていたからで、特に、人に恵まれたことが、最大のツキだったと思っている。
(全編終了)
*2009年8月27日の取材に基づいて記事を構成
(取材/構成:香澄ケイト)
【前編】世界旅行で“為替”と出会った
【中編】相場を動かすのは情報だ
【後編】メジャードリスクでディーリングする
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