ディーラーの世界(2)
私に任されたポストはドルマルク担当ディーラーでした。
マルクは当時の西ドイツの通貨であり、世界の外国為替市場でも最も活発に取引されていた通貨でした。当時のドルマルクディーラーは米銀の中でも花形ポストであり、有能な辣腕ディーラーがひしめいていました。そして銀行間取引、すなわち、銀行が互いにプライスを注文し合い、互いに出し合ったりする取引にて戦国バトルロイヤルを行っていたのです。
この銀行間取引については個人投資家の皆様にはあまり知られていませんが、要するに、銀行が自分の顧客注文を市場で売買して処理する為に、仲介業者であるブローカーだけでは間に合わず、対銀行間の取引を行うことで、巨額の注文をこなしていっていたわけです。
昨今は、個人投資家の皆様にとって、目の前にプライスがあるのは当たり前であり、その上で1ポイント、2ポイントのスプレッドを要求されているわけです。ところが、本来の為替市場の中では、あまりにも過剰なサービスとも言えるのです。
元々、相場が激しく動いている時は、レートが存在しないこともありました。重要経済指標の直後などは、100ポイントや200ポイントのスプレッドでレートが提示されていたことも当たり前だったのです。
ところで、私の担当していたドルマルク市場は、ドル円市場も同じようにプライスを出し合い打ち合っていましたが、特に荒っぽい動きをしていたのです。シティバンク、バンカーズトラスト(その後ドイツ銀行と合併)、モルガン(当時)、アメリカ銀行などの米銀はもとより、当然のことながらドイツ系銀行ニューヨーク支店も手強いカウンターパーティでした。
なぜ、手ごわいと言うと、彼らにプライスを求められ、甘いレートを出してヒットされた瞬間に市場のプライスは消えるかの様に動いたからです。当然の結果として、彼らにヒットされて「持たされた」自分のポジションは含み損を抱えることになります。あっという間に何百万円もの含み損を抱えることは日常茶飯事でした。
簡単にご説明しますと、インターバンク(銀行間)の市場では、通常ビッドとオファーを一緒に相手銀行に提示します。そして、相手銀行から、買いたい、売りたいと取引を求められて、取引成立した瞬間に、こちらは、ポジションを持たされたことになるわけです。この間、数秒の出来事です。あっという間に、相手銀行から強制的に持たされる格好で、ポジションが出来てしまうのです。
もちろん、このような「恐ろしい」銀行間取引市場に好き好んで参加しなくても良いのですが、大きな金額のオーダー(顧客からの注文)を処理する必要に迫られると、その為の流動性確保のために、どうしてもプライスを提供してくれる他の銀行に頼らざるを得ないわけです。
当時は、「実需原則撤廃」(それまでは、貿易など実需に基づく外国為替取引だけが認められていた)という一大イベントが日本でもあり、益々外国為替市場に参加する顧客が増えていた時代です。そして、大手邦銀は外国為替流動性の提供者として大きな任務・責任があったわけで、東京本部はもとより、主な海外支店では銀行間取引を行っていました。そして、邦銀の中で大手外銀とまともにプライスを提供し合って打ち合う関係を持っていたのはごく一部の大手銀行数行だけというのが現実だったのです。
ところで、ニューヨーク市場というのは、ことのほか荒れる市場として有名で、特にニューヨーク市場午後の時間帯は、ヨーロッパの銀行が取引に参加していないので、市場が薄くなり、「値が飛ぶ」ことが頻繁でした。東京時間、ヨーロッパ時間帯とある一定方向に動いた相場がニューヨーク市場の後場に入って突然変化することも多かったです。
事実、あのプラザ合意(1985年9月に主要先進国が集まって、米ドルを中央銀行、政府が政策的に減価させると決めた)の後、ドルが一方向に下げた局面でも、シドニー、東京、ロンドン市場とドルが下げ続けた後、ニューヨーク市場にてポジション調整から買い戻されるというケースがかなり見られたのです。
確かに、私が記録簿から計算したところ、プラザ合意の翌年の1986年にて、ニューヨーク市場オープンから引けにかけてドルが下落したのが55%に対して、上昇したのが45%もあったのです。当時、よく「ドルを売っていれば儲かった」なんて言われたものですが、ことニューヨーク市場にてトレーディングを行っているディーラーにとっては何ら方向感もなく、難しい相場であったのです。
ですから、常に「思い込み」は禁物であり、相場と言うものは、一寸先は闇であると自戒して市場に臨んだものでした。「世の中の大勢の相場観」でもってポジションを張って儲かるほど為替相場は易しいなんてことは絶対にありえないことを、自らの身をもって実体験することが出来たわけです。また、相場予測をしたところで、それは結果としては大してトレード収益に貢献しないと実感したのもその頃です。
このような経験を踏まえて、外国為替市場で生き残るには一体どうしたら良いのか、自分に問い続ける毎日が始まった次第です。
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