ディーラーの世界(5)
さて、私が何とか、為替トレーダーとして生きながらえている矢先の1985年の9月にあの歴史的な一大イベントである「プラザ合意」が起こりました。
「プラザ合意」とは、1985年の9月22日にアメリカのプラザホテルにて、G5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)と言われた5カ国が集まってアメリカの対日貿易赤字を修正する目的でドル安円高政策が採られたのです。
会議直前の前週末金曜日に1ドル=238円程度であったドル円相場が会議直後の翌週月曜日には、協調介入でもって円は対ドルで急騰、一日で13円程度円高になったのです。その後は、皆様ご存知の通りの急激な円高時代が到来したのです。
そんな時に、ディーリングルーム内のドル円担当であった先輩ディーラーはある事件(あのチャーリー中山氏こと、中山茂氏がモデルの小説「8割の男」の「義の折半」の章に詳細が書かれています。)をきっかけに担当をはずれ、何と私がドル円を担当することになったのです。
それまでも毎日が戦場でしたが、さらに激しいマーケットに連れ込まれることになりました。私自身、ディーラーを「クビになる予定」の月から4ヶ月目の出来事であり、もはや、ディーラーとして生きていく「覚悟」を固めた時期でもありました。
ところで、海外支店にいると、東京本部のディーラーからの電話はひっきりなしに掛ってきますし、彼らのポジションの調整絡みのオーダー(利食い、損切り等) が急増していきました。
実は、当時、私のいた邦銀ニューヨーク支店では東京本部との間でチーフディーラー同士が取り決めた恐ろしい「ルール」が存在していました。どんなルールかというと、「ワンタッチ・オール・ダン」と言うルールです。すなわち、あるプライスが1本(百万ドル)でも出会ったら、そのプライスでのオーダー(利食いオーダーも損切りオーダーも全て)全ての本数が成立するというルールなのです。
例えば、1ドル=98.50円での 50本の売りオーダーがあれば、市場で1本でも出会ったら、50本全てがダン(成立、執行)となるわけです。東京とニューヨーク支店のチーフの二人が取り 決めたルールでしたが、東京本部のディーラーは全員ベテランの優れた経験者であり、年次も上の人であり、私などの新米ディーラーとは持っているポジション のサイズも違うし、何と言っても、リスクの許容度が全然違うという、ものすごいハンディキャップの中でのルールでした。
このルールは、 皆様、容易に分かることと思いますが、オーダーを受けるディーラーにとって非常にリスクの高いものなのです。先の例で言うと、1ドル=98.50円で50本売りオーダーがあり、ブローカーにオーダーを置いておいて、例え、5本しか出来なくても98.50円の出会いが1本でもあった瞬間に50本全てダン(成 立)するわけです。
仮に、5本だけ出来て(98.50円で売れて)ドル円が98.40円に下がったら、自分は98.50円のロングポジションを45本持たされるはめになるわけです。ぞっとする話ですが、事実なのです。何ともはや、こちらニューヨーク支店の若手のディーラーにとっては「大変 迷惑」なルールを作ってくれたものだ、と思いましたが仕方がありません。言い訳などしても、自分のディーラーとしての命を縮めるだけだと観念しました。逆に、何としても、生き残ってやるという必死の思いが毎日の自分を奮い立たせたのです。
そこで考えたのは、例えば、先ほどのオーダーで言 えば、98.48円や98.49円でドルを売って、すぐに98.46円や98.45円で買うオーダーを置きます。そこで、幾らかの本数が出来れば、たとえ 98.50円で50本売れなくても損失は減らせます。万一、98.50がつかずにドルが下がれば、大きく利食いするチャンスもあるわけです。と、このように単純な利食いオーダーに関しては、それほど深刻ではなかったのです。
問題は損切りオーダーでした。あのニューヨーク市場というところ は、とにかくプライスが軽く飛ぶように動く市場です。当然、毎朝8時30分に経済指標が発表になったり、重要発言があったり、それこそ、突拍子もない ニュースが飛び込んできて、マーケットが荒れることは日常茶飯事です。そんな中で、「ワンタッチ・オール・ダン」ルールは「殺人的」であると言っても過言 ではありません。
仮にマーケットが98.30−35の時に、98.50で50本のドル買いストップオーダーがあるとすると、一体どうなるか、ちょっと想像しただけでも如何に恐ろしいことがお分かり頂けると思います。突発的なニュースで98.35−40レベルがいきなり98.65−70 レベルに豹変するわけです。
98.50でのストップロスオーダーは何と98.50でダンしなければならないルールですから、自分はコスト98.50でのドルショートポジションが発生するのです。瞬間的に大損するわけです。しかも、自分は月間の損失限度枠があり、それを越えると「クビ」という運命です。これはたまったものではありません。
そこでどうしたかご説明しましょう。98.35−40のレベルの時に、自分でドルを買っていって、 98.50円を自分で「つけに」いくわけです。無理にでも98.50円の出会いをつくりにいくわけです。FXの世界で言われる「ストップ狩り」とは訳が違うのです。まさに、そこには生き残りを掛けた「血みどろの生存競争」があったのです。
とは言え、こちらは新米ディーラーであり、ポジションリミットも小さく、そんなに多くの玉を振り回せるわけがありません。98.35−40円レベルから50本もドルを買ったのはいいが、98.48円ま でしか上がらなかったらどうするか。その後反落して、買いのコストを下回ると自分の首を絞めることになるわけです。
損失限度額を越えたら理由の如何にかかわらず「クビ」というルールの下に、「ワンタッチオールダン」で、しかも、同レートで成立させなければならないという「拷問とも言えるルール」を指して、あのチャーリー中山氏も驚かれたというエピソードもあります。
とにかく、こんなことばかりやって、毎日を生き抜いていったのを昨日のように思い出されます。ああ、為替ディーラーというのは、何と過酷な仕事なのだろうと思ったものですが、毎日が新鮮で刺激があり、本当に楽しかったのも正直なところです。
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