ディーラーの世界(3)
さて、ディーラーとしての「余命」が精々6ヶ月程度であった私の成績はどうであったかというと、最初の月は損失限度ぎりぎりの大負けでした。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、とにかく、当時のニューヨーク市場にて、いったん大手の米銀にプライスをヒットされてポジションを持たされるものなら、倍返しでもするくらいの根性がないとすぐにロスだけが積み上がったのです。
これは具体的にどういうことかと言うと、例えばシティバンクにドル円のプライスを求められて、101.50−55とクオート(レート提示)するとします。マーケット慣習として、相手行に対しては、必ず、Bid(自分の買値)とOffer(自分の売値)を出さなければならないのです。この例で言うと、101.50 が私のBid、101.55がOfferなわけです。
ちなみに、このようなスプレッド5銭は、当時、インターバンク取引(銀行間取引)の世界では決してワイドではわけでなく、充分に良いレートでした。取引金額も、通常、1千万ドルと大きな単位であったこともありますが・・・。
そして、取引相手行であるシティバンクが私のOfferプライスである101.55にて1千万ドル買いたいと伝えてきてディールが成立するとします。即ち、私は、101.55円のコストにて1千万ドルのドル円ショートポジションが発生するわけです。この間、数秒の出来事です。
そして往々にして、マーケットは既に101.60−65程度に上昇しているケースが多いのです。なぜなれば、相手銀行であるシティバンクは、自らのバックにいる顧客からの巨額の注文を処理するために、こちらの銀行を呼んできたわけです。ですから、市場では相当な金額のドル買いが発生していると想定されるからです。
ここで、もし私が、持たされたポジションのカバーにいけば、101.65円にてドルを買うことになり、1千万ドルのポジションで10銭相当損する、瞬間にして、100万円のロスとなるわけです。これはたまったものではありません。こんなことを繰り返していれば、あっという間に損失は膨れ上がります。
ただ、もし、私が、ドル円相場が今後上昇すると読み、市場にて、コスト101.65円にて2千万ドル購入し、首尾よく上がり、 例えば101.80円にて1千万ドルを売れば、最初にシティバンクにヒットされて持たされたポジションで100万円損しても、残りの1千万ドルで150万円 儲かり、合計で50万円の益ということになるわけです。
以上からお分かりになると思いますが、自分のポジションを如何にコントロールして、損失を抑えるか、そして、如何にして相場の流れを読んで、ポジションを造成するかが、収益を上げる上でのキーポイントとなるわけです。
ところで、当時、私が在籍した邦銀ニューヨーク支店の為替及び債券ディーラーはそれぞれ個人別に損失限度額が設けられていました。そして、その損失限度額を越えてロスを出すと、理由の如何に関わらず「クビ」でした。
「クビ」と言っても、別に銀行を辞めるわけではありません。ディーリングルームから出されることを意味しました。しかしながら、この「クビ」、即ちディーリングルームから追い出されるという配置転換は、そもそもディーラーとして派遣されている行員にとっては、あり得ない、あってはいけないことでした。
現実問題として、当時の先輩ディーラーは戦々恐々として、必死になって収益目標目指して一日中マーケットと「格闘」していました。この、「理由の如何に関わらず損失限度額を越えるとクビ」というルールは、一寸先が闇である為替市場にて、しかもあの荒っぽいニューヨーク市場にてディーリングを行う者にとって、いかに過酷であったかは、言葉では表せないくらい厳しいものでした。
かくして、為替担当のディーラーはそれほど長く勤まるわけがなく、損失限度額を越えることでディーラーをクビにならないまでも、1〜2年で為替ディーラーからはずされるケースが大半だったのです。
ところが、このような「過酷な条件・環境」の中で「一大異変」が起こったのです。どういうことかと言うと、あと3ヶ月かそこらでクビになる「予定」であった私が、何と3ヶ月目にして収益をプラスにすることが出来たのです!!
そして、他に代わりとなるディーラーがいなかったせいもあるのでしょうが、上司から、「もうしばらくの間続けてみろ」という業務命令の下で、私のディーラー人生は延命されることになったのです。既に、コツを掴みかけていた私は、俄然やる気になり、その後、まさに必死になってマーケットと「格闘」した結果、それ以降4ヶ月連続して収益をプラスにするという「離れ業」をやってのけることが出来たのでした。
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