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マーフィーの日々是好日

ディーラーの世界(8)

マーケットに参加しているディーラーは生身の人間であり、又、互いに「戦友」という意識が強く、たとえ在籍する銀行が違っても、実に仲が良いのも、この外国為替の世界に生きる人達の特徴です。そして、銀行間市場(インターバンクマーケット)にて互いにプライスを出し合うカウンター・パーティーになると、如何に市場が荒れようと、プライスを求められれば必ず出すというリレーションシップが大事になってきます。

時間を待たせず、しかもいつもツーウェイ(Bid Offer両方)で出すのが常識です。まさに、持ちつ持たれつでお互いに助け合うといったイメージなのです。外国為替市場で生きる人達が「フォレックス・クラブ」なるものを世界中に作ってお互いに交流を深めているのも、そういったことが背景かもしれません。

ところで、東京市場の特徴でもありますが、一般的に、日本人は優しい為か、どんな時でもツーウェイでプライスを出す傾向の強い市場です。ニューヨーク市場や海外市場の外人ディーラーは、往々にして、買いたいのか、売りたいのか、顧客担当ディーラーに聞くケースが多いようです。当然その方がディーラーにとってリスクが小さくなるケースが多いからです。また、「買いたい」「売りたい」等、売り買いの方向を事前に伝える格好のオーダーをとってくれば、その顧客担当ディーラーの評価が上がるシステムになっているので、外資系銀行では、ツーウェイでプライスを出すケースが多いのも事実なのです。

かつては、ヘッジファンドがユーロなど欧州通貨の大口ディールを行う時でも、ニューヨーク市場ではなく、東京市場がオープンするのを待って、プライスを聞いてくるというのを頻繁に聞いたことがあります。東京市場と言っても、アジアに多くの外銀の支店があるわけで、彼らも参加しているとは言うものの、ニューヨーク市場よりも良いプライスが出ると期待していたわけです。何ともはや、驚きです。最近はインターバンク市場ではなく、ブローカー市場がメインであり、銀行の数も減っているので、状況は変わっていますが、市場によってディーラー気質が違うという一例でもあります。

ところで、金額の大きいプライス、例えば、100本(1億ドル)、200本(2億ドル)のプライスを求める時には、Full Amount、即ち、他の銀行にはプライスを求めず、全金額をワンショットでお願いします、と相手の銀行に明示するのが「礼儀」です。これは、顧客が取引銀行に対してプライスを求める場合も、銀行同士が互いに聞く場合も同じです。

私の過去の経験ですが、邦銀本店でドル円チーフディーラーをやっていた時に、「ドル円500本プライス!」と求められたことがあります。500本ですから、5億ドルのプライスということになります。実は私が生涯で出したプライスで最も金額の大きなディールです。

本数もさることながら、時計を見ると、午前11時50分であったのには絶句しました。当時は東京市場に「昼休み」が存在しており、12時から1時30分までの間はプライスを出し合わなかったのです。もし、顧客にプライスを出した後、大きなポジションを持たされて、時間切れで、1時間半も持つ羽目になったらどうしよう、なんて悩んでいる暇はありません。それに、カバーするに際して、たった5銭だけでもやられたら、2500万円のロスです。それでも、とにかく、勇気を振り絞って、「40−65」と極めて良いプライス(Bidと Offerが狭い)を出したのです。

実際の市場のレベルは、大台は忘れたものの、下2桁は60−63だったと鮮明に記憶しています。相手が売ってくると直感で思ったので、売り気の低いレートを出したわけです。マイン(買い)と言われたら、即死に近いレートでしたが、何故か結果は「ナッシング」(成立なし)でした。

そして、直後のお昼休みに、当時大蔵省の高官の突然の重大発言でドル円が約70銭も下落する荒れた相場に転じたのです。そして、何と、午後のセッションが始まる1時30分になるや否や、同じ顧客が「ドル円200本プライス、Not Full Amount」と聞いてきたのです。

マーケットが荒れているところへ200本プライスを、しかも「Not Full amount」であるということは他行にも同時にプライスを求めてきたわけです。しかし、顧客に腹を立てても仕方がありません。そして、90−10と出したのです。すると、「マイン(買った)」と言われ、取引成立。必死になって、カバーして事なきを得たものの、滅茶苦茶、精神的に疲れたのを覚えています。

ところで、そのディールに関し、一つ疑問が残りました。それは、前場の終りに自分が出したレートは買いたい人にとっては最高のレートだったはずなのに、何故買わなかったのだろうか、ということです。実は、その顧客はある大手生保の人で、友人でもあったので、後日、たまたま連絡をくれた時に、彼に思い切って聞いてみました。

彼曰く、「マーケットの雰囲気からして、もっと売り気のレート(低いレート)を出してくると思った通りだったけれど、思ったほど偏っていなかったから、Nothingにしたよ。でも、すごく良いプライスだった。だって500本を25ポイントで出してくれたのだからね。」

何ともはや、人騒がせの生保さんだ、と思いました。マーケットレートが60−63の時に、40−65のプライスが偏っていなかった、なんて、よく言えるものだ、と思いました。こちらとしては、充分過ぎる程寄せていたのに。それと、最初に「Full amount」と聞いてきて、「Nothing」としておきながら、その直後に「Not Full Amount」と聞いてくる図々しさ。あれこれ思い出すと、脂汗をかきながら、精神を鍛えられたものだとつくづく思います。本当にディーラーと言う仕事は易しい仕事ではない、と正直思う次第です。


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プロフィール

柾木利彦(マーフィー)

Toshihiko Masaki

インテリジェンス・テクノロジーズ代表

1980年、大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)を卒業後、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。
ニューヨーク支店、東京本部の ドル円チーフディーラーを経て、1992年米銀大手の『シティバンク』や欧州系大手の『オランダ銀行』東京支店などで外国為替部長として外銀最大級のトレーディングチームを率いて活躍、現在に到る。その間、「東京市場委員会」での副議長や「東京フォレックスクラブ」委員などを歴任。卓越した市場関連知識でもって、テレビ、ラジオ、新聞などで数多くの情報発信を行い、東京外国為替市場の発展に貢献。自身、過去24年に及ぶトレード経験に基づき、独自のチャート分析 (「スパンモデル」「スーパーボリンジャー」等)を確立。
個人投資家に向けて最強の投資法を伝授することをライフワークとして、現在も精力的に取り組んでいる。

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