まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。

総合商社に勤務する42歳。学生時代から大のパチンコ、競馬好き。レースのある日は朝から気もそぞろ。勝っても負けても気持ちが熱くなり、周囲のことが目に入らなくなる。先日は家族と約束していた買い物をすっぽかして大ひんしゅくを買った。そんなオレが最近手を出したのがFX(外国為替証拠金取引)だ。為替がもくろみどおりに動いて利益が出たときには大興奮。24時間取引なので、つい遅くまでパソコンに向かうようになり、会社を遅刻するようにも…。妻や子供との会話もめっきり減り、家に居場所がない感じ。妻は、本気で離婚を考えているみたい。
(イラスト:川崎タカオ)
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 日本では基本的にはギャンブルが禁止されている。それに替わる娯楽として行われているのが、地方公共団体など公の機関が開催する競馬、競艇、競輪、オートレースなど、いわゆる「公営競技」だ。それに加えて全国に1万以上のパチンコ店が、ギャンブル好きな人々を引き寄せている。

 パチンコも公営競技も、国民の娯楽として健康的な範囲で楽しんでいる分には問題ない。実際、行っている人のほとんどが、「オレは楽しみでやっている」「いつでも止められる」と思っているだろう。しかし、そこに「心の病」が忍び込み、いつの間にか「止めたくても止められない」状態になってしまうケースがある。

FXにはまる人も急増中

 してはいけない状況にあることが分かっていながら、ギャンブルにはまりこんでしまう状態がギャンブル依存症だ。ギャンブルで仕事に支障を来すようになったり、家庭生活に深刻な影響を与えたり、ギャンブルによる借金がかさんだりと問題はさまざま。なかには公金を横領するなど犯罪に手を染めるケースもある。

 厚生労働省研究班が2017年に発表した調査結果によれば、国内のギャンブル依存症患者(病的ギャンブラー)はおよそ283万人(国民の2.7%)と言われている。これについて「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表は、「これは他の先進国の倍以上の数字。ギャンブルが禁止されているはずの日本で、これほどギャンブル依存症の患者が多いのは皮肉なこと。また、早急の対策が必要でしょう」と話す。

 ギャンブル依存症の患者が最も多いのはパチンコで、依存症患者の8~9割が該当、次いで競馬が2割ほど」と話す。そして、最近になって徐々に増えてきているのがFX(外国為替証拠金取引)への依存だという。もちろんFXはギャンブルではないが、取引しているときに高揚感を感じること、短時間で取引結果が出るなどのギャンブルと類似した特徴がある。しかも、インターネットで行うことから、人目を気にせず家庭で気軽に行えるなど、潜在的な依存症患者は多いと考えられる。

 実際、2014年には、大手企業の経理担当社員がFXの損失を埋めるために数億円もの金額を会社から横領するという事件も報道されている。田中代表の元には、FXに依存してしまった者の家族からの相談も多く寄せられるようになったという。

一人の行動が増え、家庭に居場所がない

 ギャンブル依存症の傾向が見られ始めたとき、まず気づくのは家族や友人だ。田中代表は、ギャンブル依存症の初期症状として次のような症状を挙げる。

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 もし、こんな症状が見られたら、次のリストでチェックを行ってほしい。これはギャンブル依存症の自助グループ、ギャンブラーズアノニマス(GA)が発表しているギャンブル依存症のチェックリストで、20の質問のうち7つ以上が当てはまれば「脅迫的ギャンブラー(ギャンブル依存症)の可能性が高い」と判定される

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ギャンブル依存症は脳の病気か

 ギャンブル依存症というと「どうしようもなくギャンブルが好きな人」と、なにか特別な人のように思われる。しかし田中代表は「実際には、一般の人と同じように普通にギャンブルを楽しんでいた人々」と話す。しかし、自分でも気がつかないうちに、やめたくてもやめられないギャンブル依存症という病気を発症してしまったのである。

 田中代表は「WHO(世界保健機関)では、ギャンブル依存症を『治療すべき病気』と捉えている」と話す。それに対して、一般的には「人間性の問題で、意思の力によってなんとかできるはず」と考えられがちだ。そのため周囲の人々も、本人に対して「理論的に考えれば、ギャンブルで儲けることはできない」などと諭すことが多い。

 しかし、ギャンブル依存症の患者は、こうした理屈を十分承知した上で、それでも「今度勝てば、これまでの借金を返せる」と考えてしまう。しかも、最初のうちは味わえたギャンブルをやっているときの高揚感や多幸感が失われているにもかかわらず、強迫観念によりギャンブルを止められないのである。田中代表も「非常に苦しい思いをしながらも、ギャンブルを続けている人がほとんど」という。

 なぜ、こうした行動を繰り返すのか。ギャンブル依存症の臨床研究は、まだ始まったばかりだ。しかし、最近の研究では、繰り返しギャンブルを行っていくうちに、脳にさまざまな異変が起こると考えられ始めている。例えば、脳の働きを画像で分析するfMRI(機能的磁気共鳴映像装置)という装置を用いた研究では、ギャンブル依存症の患者は脳の前頭葉という部分の機能が明らかに低下。ギャンブル以外のことでは、脳がうまく働かない状態になっていることも明らかになっている(京都大学医学部、鶴身孝介助教など、「依存症の新しい展開 依存症の脳科学」、月刊精神科. 2015;26(4):247-251.)。

 そして、ギャンブル依存症は慢性疾患であり一度発症すると生涯完治はない。このことを専門家は「大根をたくあんにするのは簡単だが、たくあんを大根にはできない」と表現する。早め早めにギャンブル依存症に対処し、重症にしないことが重要なのだ。

自助グループなどでのミーティングが基本

 もし、自分や家族がギャンブル依存症の可能性があると感じたとき、例えば「GAによる20の質問」で問題の見つかった人は、どこに相談すればいいのだろうか。

 最近では、各地の精神神経科などが依存症外来を設けている。まずは、そこで相談してみるといいだろう。しかし、特効薬的な薬剤があるわけではなく、医師のカウンセリングなどを主体とした認知行動療法などを行うことになり、回復までには時間がかる。田中代表は「この地道な回復過程で効果的なのがグループセラピーだ」と解説する。同じ経験を持つ人たちとのミーティングを重ねていくというもので、前述のGAもこうした自助グループの一つだ。

 回復のための最初のステップは「自分の力ではギャンブルを止められないのだ」としっかり認識することだという。「ギャンブルを止められない」という状態は、一般の人には理解しがたいものだが、それは当事者も一緒だ。止めようと思えば止められるつもりでいるので、その意識をまず改める必要がある。

 そして、同じ経験を持つ人たちとミーティングを続けるうちに、自分では止められなくなっていった状態を初めて客観的に理解できるのだ。そして、「では、どのようにして止める?」「同じ依存症のメンバーと一緒にやれることは?」と一つひとつ前向きに考え、その次の段階として回復プログラムに取り組めるのだ。

 田中代表は「これまでギャンブル依存症というと男性の病気であったが、近年は女性の患者も増える傾向にある」と話す。また、子供たちにもネット依存が広まるなど、依存症には新しい問題が登場している。パチンコ、競馬からFXまで、「依存症大国」となってしまったニッポン。ギャンブル依存症に対する正しい知識を家族で共有することが大切といえるだろう。

田中紀子(たなか のりこ)さん
ギャンブル依存症問題を考える会 代表
田中紀子(たなか のりこ)さん 1990年、国立大学附属病院秘書。2001年、弁護士事務所秘書。2004年よりギャンブル依存症問題に関わり、2010年依存症治療施設のカウンセラーとなる。主に依存症者を家族に持つ家庭の家族支援に関わる。2014年2月、ギャンブル依存症問題を考える会の代表に就任。関連著書に『ギャンブル依存症』(角川新書)があり、厚生労働省主催の「依存症への理解を深めるためのシンポジウム」など、各地で講演活動を行っている。
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