米国は民主主義のお手本の国、人権を尊重する国と、私が若い頃には本当にそう思っていました。

 高齢者に属する皆さんは、私と同じようにそう思っていたのではありませんか?

 そして、三権分立の国であるとも思っていました。

 しかし、私はバカでした。否、騙されていた? 勝手に誤解していた?

 アメリカの最高裁の判事どもは思想的に偏った者が多く、結果として、最高裁の判決も政治によって大きな影響を受けているのです。

 今週、2つの違憲判決が出ました。

 ご存じでしょうか?

 一つは、昨日出た中絶の権利を否定する判決です。

 日経の記事です。

 米連邦最高裁は24日、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下した中絶の権利に対する憲法の保障がなくなり、全米の半数以上の州が中絶の禁止や厳しい制限に動く見通しだ。バイデン大統領はホワイトハウスで演説し「最高裁は米国民の憲法上の権利を奪った」と批判した。


 米国におけるプロ・ライフ(中絶否定派)とプロ・チョイス(中絶肯定派)の論争は、長い間、米国で続いていますよね?

 今から40年ほど前私は、職場の英会話研修の際、外国人の先生からプロ・チョイスとプロ・ライフという表現を教えてもらったのを憶えていますが、未だにそうした論争が続いているのです。

 それにしても
既に定着したとさえ思われる一定の条件下での中絶の権利が、今、突然、米国の最高裁判所によって否定されてしまったのです。

 判事の構成から、こうした判決が出るのは半ば予想されていたこととは言え、この判決が社会に与える影響は余りにも大きいと言わざるを得ません。

 それに中絶の権利を否定するにしても程度があります。

 レイプされて生まれてくる子供を中絶することさえ認められないというのは、どんなものなのでしょうか?

 皮肉なのは、警察官が黒人の命を奪っても何とも思わないような保守派の人々が、中絶に限っては声高に人命の尊重を叫ぶのです。

 でも、人命の尊重を叫ぶのだったら、何故銃の規制をしないのか?

 お前ら、頭がおかしいのかと言いたくなりますよね?

 ということで、今度は銃規制に関する判決です。

 これも日経の記事です。

 米連邦最高裁は23日、東部ニューヨーク州の銃規制法は違憲との判断を下した。合衆国憲法修正第2条が保障する自衛のための武器保有の権利を侵害するとした。銃規制の緩和につながる判決で、相次ぐ乱射事件で多数の犠牲者が出た直後だけに規制強化派の反発が予想される。

 ニューヨーク州の銃規制法は、短銃を隠して携帯する際に免許の取得を義務付け、さらに「正当な理由」を提示するよう定めている。

 連日のように銃の発砲事件が起き、尊い人命が失われているのに、銃の保持は憲法で保障された権利なのだからと嘯く愚か者ども!

 このニューヨーク州の規制は、銃を携帯することを絶対に認めないと言っているのではなく、銃を携帯する際は免許を取得しなさいと言っているだけなのに、それですら憲法に違反していると来た!
 
 もしも、本当に最高裁の判事の人事が、政治的思惑とは無関係に行われているのなら、このような常識というか、多くの国民の感情とは反するような判決は出ていないと思うのですが、如何でしょうか?

 それに、銃の保持はあくまでも憲法で保障されているから、なんて言っていたら、飛行機に搭乗する際にも、銃の保持を禁止することはできないではないですか?

 まあ、日本の最高裁も原発の事故に関する国の責任を否定するようなとんでもない判決を出しているので、米国だけ責めてもしょうがないのですが…

 本当にどうかしています。

 
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