- ▼クレオパトラ、ルイ14世の時代から
為替ブローカーの仕事は一言でいうと、銀行間の外国為替取引を仲介する業務を行うことだが、もう少しリアルに表現すると、自分の顧客のA銀行がドル円を125円ちょうどで買いたいと言ったら、売りの玉を探す。その玉が手元にない場合は、「プライス プリーズ!」と言いながら探すこともある。そうして日中は自分のお客さんと良い情報、悪い情報を選別しながら相場観を交えては話をし、他の為替ブローカーに負けないようにしながら、じぶん自分の会社の流動性を高め、引いては東京マーケットの流動性を高めることにつなげていく。
栗原さんから頂いた外国為替市場・仲介業の歴史を眺めてみると、その歴史は古代ギリシャ(いわゆるシーザーやクレオパトラの時代)や中東の商業センターにおいて両替商が異種鋳貨の交換を行うために開いた会合から始まったそうである。その外国手形の市場となって発展し、欧州各地で取引所が設立されている。取引所でいつから為替ブローカーが使われるようになったかはっきりしないが、その中立性を確保する立場にいて、市場の機密性を保つ使命を担っていたそうだ。フランスのルイ14世は、為替ブローカーが銀行業者として機能することの禁止令を強化している。ベルサイユ宮殿を建てた人で多くの女性を寵愛したというイメージが強いルイ14世も関わりがあるとは...。
日本においては、1858年、安政5カ国条約締結の結果、翌安政6年に横浜開港が実行され、自由貿易が行われるようになったことに端を発する。明治時代の為替ブローカーは銀行と貿易業者の間の仲介が主たる業務だったが、第一次大戦をきっかけに外国為替市場は飛躍的に拡大、構造も変革していき、第二次大戦後外国為替市場で取引できるのは公認為替銀行に限られるようになり、為替ブローカーの仲介対象もインターバンク取引に限られるようになり、現在の基盤が作られた。
上田短資は1918年(大正7年)上田八木短資の前身である匿名組合「上田商店」の創業から始まる長い歴史を持ち、その創業3年にして外国為替ブローキングを開始、栗原さんが入社した2年後の1984年に上田短資の100%子会社として上田ハーローが設立された。1990年代になるとそれまでのボイスブローキングに代わって電子ブローキング(EBS)台頭して来た上に、1999年の欧州通貨のユーロ統合や邦銀の統合などの影響を受け、日本でもかつては8社あった為替ブローカーは統合・淘汰され現在3社になっている。
しかし1998年改正外為法施行で個人のFX取引が日本にも誕生し、2000年以降インターネット取引によってその成長は飛躍的に伸びた。折りしも、日本自体もバブルの後遺症から抜け出し、経済も立ち直りを見せている時であり、世界経済も段々と上向いている時期に差し掛かっていたことが後押しして株式市場も上昇し、株で余力が出た個人や金利狙いも含めて積極運用をしてみようという個人投資家の参入がFX市場の伸展につながった。
▼もっと面白いマーケットになって来た!
こういう時代の変遷を見据えながら、上田ハーローは2005年に外貨保証金取引(FX)を開始した。もちろんマーケットの成長性を期待してビジネスになると見込んだからだと思うが、外国為替市場に長年携わって来た様々な経験を通して、個人投資家の方にお伝えできることがあるのではないかという為替ブローカーとしての美意識を持っているのも事実だと思う。FXの低手数料はかなり魅力的である。しかし、余りにも高すぎるレバレッジによってリスクが増大することやマーケットの流動性リスクについても、しっかり我々の方でお伝えしなくてはならないと栗原さんは強調する。レバレッジは活用すれば良い武器になるけれど、いいわいいわのやり方でやると大ケガをすることになるからだ。最近では進んでリスクを取り積極運用を行う個人投資家が増えてきて、自己管理の下に行動パターンが変って来たと栗原さんは見ているが、まだリスク管理をしっかりされていない方もいるのである。
今のマーケットの特徴は、1998年のロシア通貨危機によるヘッジファンドの破綻でヘッジファンドや銀行のリスク管理が徹底されるようになったことがひとつの理由で、ドル円の年間の変動率が小さくなってきていることだ。そして個人投資家の取引量の増加による影響は全く無視出来なくなって来ており、昔だったら、トレンドのサポートラインを割った時点で、皆ポジションをドテン(それまで持っていたポジションを逆にすること)して売りのポジションをメチャメチャ作って、本当は下がって行くはずなのに下がらなかったり、上を抜けたから買いでしょ、とポジションを傾けた途端にジリジリと戻ってしまうことがあったりして、テクニカル分析による経験則が余りワークしなくなって来ている現象も現れている。こういった現象を特にプロの為替ディーラーの方は悩ましいと思われていることだろう。
上田ハーローFXの場合、顧客の注文を自動的にインターバンクにつなぐ完全フル自動カバーシステムを構築しているが、銀行はそのカバーをインターバンクでするので、レバレッジを効かせた個人の玉がダイレクトに出来高に反映されていく。それが回りまわってヘッジファンドがその玉の影響を受けたりして色々なことが作用されるようになって来ている。またまた面白いマーケットになってきた、そして色々な意味で為替市場は無限の可能性を秘めている、と感じながら、栗原さんは最後にこう結んだ−
「当社は元々、為替ブローカーとして業を成して来ているので、やはり手数料収入で生きて行きたいと思っています。だからその精神に基づいて始めたのが完全フル自動カバーシステムなんです。出来るだけインターバンクのレートに近い値段で仕入れて個人の方にご提供したい。透明性、公平性のあるマーケットを作って、手数料も安く、情報もやはりここへ行けばいいよね、というように自分が有ったら良いなというもの作れば個人投資家さんも賛同してくださるのではないか。だから必ず実現させるつもりです」
(後編終了)
- * 同取材は9月19日に行い、10月3日に内容を再確認して掲載した。