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荻野金男

「情報を制するは為替を制す」 ―荻野金男 氏 [後編]

2011年12月28日(水)

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(中編はこちらから)

■インベストメントバンクで大きなやりがい

今となっては笑い話だが、ロンドンのトレードでは、最初は些細だが慣れなくてマゴついたことがある。例えば、ターミノロジー(用語)の違い。東京市場のドル円の取引では、ドルアマウントベースになるが、ロンドンでは円アマウントになる。「バイ、ハンドレッドミリオンエン!」と聞かされたときは「はぁ〜?円を買うって?」と混乱した。

本店のディーラーは30名いて、しかも精鋭ぞろい。その中でたったひとりのサムライとしてがんばった。こういう環境下であれば、おのずと技術は磨かれる。帰国後、ロンドンからチーフディーラーとして赴任して来たスティーブ・マズルーミアンの下で、シニアディーラーとして、数年間ドル円以外に他通貨のクロス取引の方法などを習得した。

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その後、チーフディーラーに昇格。バークレイズで初めての日本人のチーフになった。英系の会社は、比較的英国人社会と言っても、やはりディーラーの世界は実力主義、マネージメントはちゃんと見てくれているのだと思った。

紛れもなく、世紀の一大イベントである85年のプラザ合意は誰にとっても最も記憶に残るものだが、「あれで儲かりました」と自分は言いたくはない。なぜかというと、当時は、まだ東京市場で為替の取引時間を午前9時から午後3時半までと設定してあったため、日銀の介入は午後3時半で一端終了となっていた。そのような状況で3時半まで売り持ちポジションをリミット一杯まで維持していた。後は介入が外れた後は買いもどすだけで、それも1円以上下でということだ。プラザ合意は、儲かって当たり前なのである。

87年にGSに途中入社した。某先輩からGSに入らないかという話があって、ファーストチケットとホテルが手配されたので、5月のゴールデンウイークの連休に面接に向かった。5歳で憧れたアメリカに心が弾んだ。だが、そんな気持ちは吹き飛んだ。なんせ、次から次へと総勢十数人と面接をしなくてはいけなかったからだ。そのひとりが、当時NY本店為替セールスのヘッドだった、現会長であるロイド・ブランクファインだった。

これほど徹底的な面接は初めての経験で、ここまでやってもらえるなら、今度はインベストメントバンク(投資銀行)でやってみようと思った。それまでは商業銀行(特に米系の)が為替市場でのメジャープレイヤーだったが、この頃からインベストメントバンクが為替市場に力を入れ始めていた。

当初、GSの東京支店の為替チームはわずか4人程度で、スクラッチから始めなくてはならなかった。私が入社する数ヶ月前に、東京におけるオプション取引のパイオニアである向坊洋之さんが入社していて、彼は一緒に苦労した仲間だ。

GSではJ.アロンと呼ばれる部門で為替取引を担当した。J.アロンは通貨オプションでは当時からオプション市場のマーケットメーカの一角として競合投資銀行他社と凌ぎを削っていた。グローバルブックという形で、24時間主要拠点で各通貨のポジションの効率的に管理してた。このグローバルブックにおいて、東京チームが円絡みのポジションに責任を負っていた。またGS は1981年にコモディティなどリスクトレーディングのメッカであったJ.ARONを買収して、為替市場にも通貨オプションを武器に東京市場で始動するといういという背景があって、私も、その一翼をになっていろいろとクロス取引など積極的に相場を張ることができた。

収益をあげるようになってくると、新卒を採用したりして、優秀な人材を揃えチームは大きくなっていく。このときに、もうGSは為替市場で、ビッグプレイヤーになっていたのである。

■マーケットはどこにフォーカスしているか − 情報が決め手

GS時代の約10年間が、自分が最もディーリングルームで脂が乗っていた時期だった。何しろ、隆盛期だったヘッジファンドが相場で台頭していたからだ。巨大な彼らと戦う。そのことが一番の醍醐味だった。

ヘッジファンドとの戦いで思い出に残るのは、ジョージ・ソロスがポンドを大量に売った92年9月15日のポンドをソロス筆頭に他のヘッジファンドも続々コールしてきた。このときは変動制限ライン(上下2.25%)を超えた。そしてBOEが公定歩合を10%から12%-15%と引き上げたものの売り浴びせが止まらず。古巣のバークレイズなどにもBOE介入玉をつぶしにコールした。

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ある年の1月4日に日本国債を125円で買っていたら、ソロスがGSの債券部を通じて売りに出ていたことを知らず、このときは正月明け早々に損を出した。ソロスの大量売りで、戦艦巨砲にピストルでは当然太刀打ちできるはずもない。ただこの頃は、相場のボラティリティが高かったので負けても取り返せるチャンスはいくらでもあった。それに会社自体も大きなリスクが取れた時代だった。

GS時代からチャートの必要性を更に認識するようになった。当時、為替で一目均衡表とストカステックススローを利用する人は当時それほどいなかったが、私は、これは使えると思っていた。特に、マーケットのモメンタム(勢い)を短期・中長期スパンごとに常に注意してチャートを見ていた。
   
だが、ディーリングで、最も注意していたのは、マーケットがどこにフォーカスしているかということだ。相場のことはマーケットに聞けということだが、そのためには人と話をして、情報収集をする。ディーラーの中には意固地になって自分の考えを貫き通す人もいるが、そういう人は大抵負けてしまう。

マーケットの情報は素早くキャッチしなくては意味がない。現在の仕事においても、自分が今まで培ってきた人的なコミュニケーション(人脈)の重要性を改めて意識している。外銀および邦銀(カスタマーディーラーも含め)、外資および日系証券会社など20社くらいの信頼のおけるコネクションを持っている。ある程度の情報量が必要であって、そこから得た情報の精査は自分で行っているが、中でも、特にコアな連中からの情報は大事にしている。

部下も含めていろいろな人に常々言ってきたのは、30代で人脈(パイプ)を築き、40代でコアの人から情報を取れるようにするということ。これらの洗練された情報から、ヘッジファンドや中銀やソブリンネーム(政府系投資機関)といった市場のメジャープレイヤーたちの動きも把握できるようになる。

■情報でマーケットにお返しをしたい

個人投資家の方は、迅速で正確な情報が入手できないというハンディを感じていらっしゃるかもしれないが、当社グローバル・インフォのGI24外為速報内の“金ちゃんのフラッシュニュース”は、そういった点をカバーできる主旨のものになっている。当然のことながら、情報は、スキャルピング、デイライト(デイトレ)、ロングラン(長期のポジションテイカー)とその人のスタンスによって使い分けられる必要があるが。

個人の方に進言させていただくなら、FXをするうえで、最も大切なリスク管理をしっかりと行っていただきたいと思っている。マーケットは常に動いているものなので、必ずストップロスとプロフィットテイク(利食い)を決めておくこと。利食い(意外に難しい)は、仮に、10人いて、7人がドルが買っていたら、マーケットはドルロングになっているのだから、ある程度上がったら利食わなくてはならない。事前に、自分は腹八分目になったら利食うなどと決めておいて、その通り実行することが重要だ。

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マーケットに常に接しつつ、アドバイスをしていきたい。それと同時に05年にフィナンシャルプランナーの資格を取得したので、FP的な要素の仕事もしていきたいと考えている。為替は、切っても切れない一生涯のものであって、未だに一生懸命勉強中である。個人投資家の方にも、もっと勉強(自己啓発)していただければと思っている。

ディーラーは、バークレイズで13年、GSで10年、香港上海銀行(ミッドランド銀行時代も含め)で9年、常にきっちりと結果を出してから、人に声をかけてもらってこの3つの職場でチャレンジさせてもらった。自分は、マーケットと人間に育ててもらってきたのだと改めて感謝の念でいっぱいだ。従って、これからは、自分が得意としている情報提供などを中心に、個人投資家の方々を含めマーケットにお返しをしたいという気持ちで励んでいくつもりだ。

(全編終了)

*2011年10月25日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】実力主義の世界に出会う
【中編】責任を取って人を育てる
【後編】業界一の情報通であるべく

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為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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