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セントラル短資FX株式会社 代表取締役社長 松田邦夫氏(第2回)

2016年01月12日(火)

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(第1回はこちらから)

■生まれ変わっても日銀で仕事をしてみたい

日銀の面接は、それまで受けた面接と全く違って、面接官から「法律を勉強したならこれくらいは分かるよね」と、時事法律問題をビシビシと質問されてしどろもどろになりました。「参りました。もうこれが最初で最後のご縁ですね」という気持ちで、しょげることもなく帰宅すると、「明日、東京の最終面接に行ってくれ」との電話が掛かってきたので、半信半疑で上京して面接を受けたところ、あれよあれよという間に内定を貰いました。「何かの間違いでは?」と狐につままれたような気持ちの一方で、同じ公的な仕事をするなら、日銀の方がよりグローバルで自分にとって大きなチャンスがあるのではないか、との直感もありました。

その直感は正しかったと思います。日銀も人に媚びることなく大きな仕事が出来る場という点で、これ以上考えられないほど、自分に合った職場でした。日銀の素晴らしいところは、個々の職員の能力、識見、使命感はもちろん、仕事を離れての教養、趣味の広さなどに感嘆することが多かったことです。素晴らしい上司、同僚、部下に出会えたことはかけがえのない財産になりました。「生まれ変わっても日銀で働きたいか」と問われれば、迷うことなく「イエス」と答えるでしょう。

今、私は毎年、慶應義塾大学の学生さんに就活のことを含めてお話しする機会がありますが、自分の経験から、「会社選びは友だちやインターネットからの情報とか親の言うことに左右されず、最後は自分の直感で決めた方が絶対後悔しない」といつも言っています。

■日銀では異色のポストを歴任

日銀では、政策、調査、監督といったポストが伝統的に花形部署と思われがちですが、私はむしろ、海外を2回(いずれもドイツ)、外部出向を3回、地方勤務を3回(大阪、京都、長崎)経験し、本店では広報の仕事に長く携わりました。日銀ではやや異色の経歴と言えますが、これらの経験が、本部の中枢でずっと仕事をし続けるよりも、私に大きなものを与えてくれました。

1998年から2001年までのドイツ・フランクフルト事務所長時代には、欧州中央銀行(ECB)が設立され、ユーロが域内共通の通貨として導入される歴史的な場面に立ち会うことができました。各国からの選りすぐりの人材からなる出来たばかりのECBと日銀の最初の橋渡しの一端を担い、金融危機から脱し切れない日本の現状をユーロ圏の人たちにしっかり伝える任務を与えられたのは実に幸運でした。この時に養った国際通貨制度や外国為替市場に対する造詣や知見が、今のFXの仕事に生きています。

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私の出向経験は、テレビドラマなどで出てくる「出向」のイメージと違い、出向先は公正取引委員会、国際金融情報センター、預金保険機構とすべて官庁または公的性格の機関で、色々な母体出身の人たちと一緒に仕事をしました。価値観、能力、文化などが皆違う中で、どうすれば皆がモチベーションを維持しながら一つの目標に向かって突き進んでいけるか、といったことをいつも考えていました。当社にもまた様々な経歴の人がいますので、当時のノウハウは、今とても役に立っています。しかも、3度目の出向時には、預金保険機構の預金保険部長として、日本振興銀行に対する史上初のペイオフ発動と破たん処理という、歴史的な仕事も担当できました。

もう一つ印象深いのは、2007年からの日銀大阪支店の副支店長時代に、対外的な顔である支店長の留守居役、恰好よく言えば大石内蔵助のような「城代家老」的な役割を務めたことです。

日銀大阪支店は、東京の本店が災害や事故で中央銀行としての業務を継続できなくなったときには、速やかにバックアップを果たす任務が課せられています。しかしそうしたトラブルはいつ起きるか分かりませんので、1年のうち180日は、週末も含めて、職場から4キロ以上離れるべからずという、厳しい行動制約の下で暮らしました(残りの180日が支店長の担当)。4キロ以内でも電波の届かない地下の店には行けませんし、飲み過ぎて電話に出そびれるのもアウトです。これが、大阪時代に環状線の内側であれば(地上の)路地裏の隅々まで詳しくなった一つの理由でもあります。

広報部署時代は、「難しい金融政策を国民にいかに分かって貰えるよう説明するか」に腐心しました。関西弁風に言えば「金融政策も分かって貰えてなんぼ」という面があるとの信念を持っていました。その点は、FXも共通だと感じます。店頭FX取引では当社とお客さまが直接向かい合うことがないので、「その説明じゃ分からない」という声を直接伺うことが困難です。ですから、「本当に分かっていただいているのだろうか」という自問の気持ちを常に忘れない癖が身についているのは貴重だと思います。

■日銀での経験の多くが今活きている

今にして思えば、そうした日銀での経験の多くが、第2の職場であるFX会社の仕事をするうえで思いもかけぬ肥やしになっていると感じます。そうした私の雑多な経歴を考慮して、「松田ならFX会社でも務まるんじゃないか」と思ってくださった方がおられたのでしょう。公的な立場で30年以上仕事をしてきたので、「次の職場は民間で力を発揮出来たらいいな」と考えていたこともあり、当社へのお誘いは二つ返事でお受けしました。こうして全く新しいチャレンジの機会が開かれました。

(第3回へ続く)
*2015年11月5日の取材に基づいて記事を構成
(取材/文:香澄ケイト)

(第1回)「群れない、媚びない」生き方が身上
(第2回)直感で決めた「これ以上考えられない職場」
(第3回)FX会社としての強いこだわり
(第4回)顧客との対話重視で正道を歩む

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