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ディーラー烈士伝

「“冷静”と“狂気”で相場に勝つ」 ―田代岳 氏 [中編]

2012年01月18日(水)

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(前編はこちらから)

■マルク円の印象的なトレード

 マルク円のトレードでは、自分史上最大級の損失も被っている。このときは三菱信託がずっと買っていたが、自分は絶対に落ちると予想していたので、果敢に売り向かっていた。途中で上がった(揉みあった)局面ですごく売られたときがあったので、そこでロングにターンすればよかったのに、下へ行くと信じているから、その時点で全部売ってしまった。

マルク円は上昇し、自分のポジションはアゲンストになり、月間のロスリミットをヒットしてしまった。マルク円は次の晩大暴落したので、自分の相場観としては、間違ってはいなかったことになるが、意地になって「売り」にこだわり過ぎたのが敗因だ。逃げられる局面はいくらでもあったのだから。

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あまりにもこっぴどいやられ方なので、ものすごく落ち込んで、休みたいと上司に申し出たら、逆に、枠を少しあげるからがんばってみろと励まされた。こういった場合は、普通、ポジションを持てなくなる(いわゆるお役ご免)のが決まりなのである。

ほんのわずかの枠であっても折角上司の厚意で持たせてもらえるのだから、それに報いたい。ただ既にやられているせいもあってどうしても大きく張れないので、こまめなディールに徹することにした。背水の陣で臨んでいたから、ものすごく集中力が働いて、20戦中18勝の勝ち方をしたあの1カ月間が、自分の中で最も集中力したトレードとして、今でも強く印象に残っている。

自分がすごい奴らだなと感嘆したのは、少数精鋭でバカでかいポジションでやっていたバンカースだ。中でも、バンカース・ロンドンやバンカース・シンガポールのすごさは突出していた。ただ、客筋が良くて玉がいっぱい入るので、本当はシティのほうが怖いと言っている人もいた。シティ・シンガポールは、バック(背後)にとてつもない玉があったりするので大変恐れられていたのは事実である。敵に回すと怖いが、同じ銀行だから、大きなフローが出ると教えてくれるので、一緒にやればよかった。

ソロスや中央銀行など、相場を動かす連中が真っ先に大手のシティやケミカルやバンカースでディールするわけなので、そこに乗っていけばまずは取れる。ボードディーラーをやっている以上は、こういった大きなフォローに乗ることは必須だ。彼らの玉を利用して、自分もそちらにポジションを持ちつつ儲けて、流れを見ながら、そこからさらに自分のポジションをどういうふうに維持していくかというのが、ボードディーラーをやっている上では重要になる。

■「氷の冷静」と「炎の狂気」

 DDでは、海外の連中は「フェイク」(いかさま)といって、バーッと買い上げておいてから売ってくるワザを使ったりしてくるので、騙されてしまう場合があった。こんなことをされるとアノヤロウ!と煮え湯を飲まされたような気分になったが、だからと言って、東京のディーラーが同じような手を使うことはなかった。

UBSチューリッヒやバンカース・ロンドンはバックにどういう玉を持っているかわからないから怖いところがあって、このあたりは駆け引きで、相手にこいつは怖い!と思わせないとなめられてしまう。外国人はこういった諸々の駆け引き(心理戦)は日本人より何枚も上手だ。昔は大相場が多かったとはいえ、30〜50ポイントは、需給やこういった心理戦で動くことがたびたびあったので、今以上にこういった駆け引きはいやらしいとところがあったと思う。

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ディーリングをする上で最も大事なことは、「氷のような冷静さと炎のような狂気」だと思っている。常に冷静でいるのもよいのだけれど、相場は、人間の怖いという気持ちのギリギリのところをついてくるので、ここは怖くて買えないぞとか売れないぞというところをバーッと買っていったり、売っていったりする狂気(その瞬間気が狂っているような部分)もないと勝てない。

ただ狂気だけだと往復ビンタを食らうので、そこは冷静に利食っていったり、ストップロスを実行していったり、ここは違うだろうなという冷めた部分を持ったりすることが必要になる。「冷静」と「狂気」 − この二つをうまくコントロールできるのが良いディーラーなのではないだろうか。僕の場合はどうかというと、まだまだ「恐怖」と「貪欲」の狭間で揺れ動いている。

外銀に行ったら3カ月でクビなるぞと周囲から脅かされて、悲愴な覚悟をして入行したが、シティは儲かっていて余裕があったせいか、逆に、人をしっかりと育成してくれる土壌があった。銀行員として採用するので、ディーラーが駄目だったらセールスに移ったり、さらに他の部署に異動する人たちもいて、他の外銀より懐が深かったと思う。

しかし、2000年代を過ぎると、どんどん厳しくなってきて、東京支店のプレゼンスと収益は落ちていく。ほとんどの外銀と同様にが、シティも地域ごとのドミナント(管轄)から、プロダクトごとの縦割りの垂直統合型になっていった。自分自身はクビにならない程度には儲かっていたのだけれど、チームもバラバラになっていく逆回転の中では精神的にとてもつらかったこともあって、15年勤務したシティを退職することになった。

いったんはまったく他の道を探そうとしたが、人とのつながりでスタンダード・チャータード銀行に移籍して、4年ほど働かせていただいた。シティ以外の別の銀行で仕事ができたのは、大変良い経験になった。

■優秀な個人投資家から学ぶ

 約20年におよぶ銀行ディーラーの生活に終止符を打ったのは08年のことだった。今度こそ本当に相場から離れたいと願っていたところに、ブログを書いたらどうかとアドバイスされたのを機に、徐々にFXの仕事が舞い込むようになった。ブログ『YEN蔵のFX投資術』では、実際、自分自身が相場を張っているマーケットであるFX、債券、株、オプション、デリバティブに至るまで、ファンダメンタルズおよびテクニカルで分析し解説をしている。

FXで活動するようになって、非常に優れた個人投資家と交流する機会が多くなった。この人たちからは多くの刺激を受けさせてもらっている。彼らは、金融機関のトレーディング経験があるわけでもないのに、自分でオプション・カリキュレーターをつくってしまうような、プロのディーラーよりすごい人たちだ。

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僕自身はこういった人たちと違って、理系ではないし、プログラミングの仕方も知らなかったので、教えてもらっているし、いつもアッと驚く「気づき」ばかりだ。意外と言ってはなんだが、こういったオタク的とも思える人たちは実は、人に教えることを厭わないし、意見を交換しあったり批評しあったりする意識が強い。こういった人たちの前では、元銀行ディーラーという経歴はまったく意味を持たないと思っている。

もし、裁量的なトレードで良い成果に結びつかないのであれば、機械的にやってみるのもひとつの手段である。自分でシステムトレードつくった場合、注意しなくていけないのは、そもそも、どんなに優秀なシステムでも全ての相場状況において勝つことは難しいので、その時々の相場状況に応じて、アジャストしてやっていかないと生き残ることはできない。例え、短期的に利益は出ても長続きしないならば、それは本物とは言えないだろう。自分分自身もこのことを常に心がけている。

(後編に続く)

*2011年11月07日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】為替ブローカーから為替ディーラーへ
【中編】「恐怖」と「貪欲」をコントロールする
【後編】スマートな投資家作りに注力

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>>「The FxACE(ザ・フェイス)」インタビューラインアップへ





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TheFxACE(ザ・フェイス)企画チーム / TheFxACE

為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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