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ディーラー烈士伝

「終わりなきマーケットをイメージし続ける」 ―伊庭剛 氏 [前編]

2011年08月17日(水)

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■根性と体力と感覚

 岡山のはずれ、のどかな田園風景の中で、自然に囲まれてのびのびと育った。徒歩で片道40分もかかる小学校の行き帰りは、カエルや虫の捕獲といったものに夢中だったから苦にもならなかった。本屋に勤務していた父と比べて、本を読むのが苦手だからというわけではなかったろうが、文字から入る情報よりも、実際見たり触ったりして学ぶ部分のほうが大きかったような気がする。

例えばカエルを単に気持ち悪そうだなと眺めているだけではほとんどのことがわからない。実際に触れてみなければ、どんな肌触りなのか、どのくらいギュッと握ったら潰れてしまうのかなんてことは決してわからないのだ。ディーリングでも、ポジションを持たないでじっとしているよりは、実際に持ってみて、どの程度気持ちが良いのか悪いのかといった“肌感覚”で推し量るようにしている。こうした感性は子供時代に培われたものかもしれない。

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勉強は嫌いでスポーツが大好きだった。小学校でソフトボール、中学校からは軟式テニスを始めて高校までの6年間、1日足りとも練習を休まなかった。根性と体力だけには自信がある。スポーツは日々の積み上げであって、ある日突然上手くなることはない。仮に、天賦の才能があったとしても、それをどう活かしていくかは日々の練習次第で、それは仕事や相場でも同じことが言えると思う。

高校は、岡山県立岡山朝日高校に進学した。3年生になって、受験勉強を始めなくてはいけない時期に差し掛かっても、悠長に9月まで部活をしていた。両親が共働きだったいわゆる“鍵っ子”は大抵のことが放任されていた。唯一、家計の負担にならぬよう国立大学に入ってくれ、ということを除いては。

しかし、そう常日頃から聞かされていたにも関わらず、まったく勉強していないのだから、私大でさえ危ういようなレベル。これではさすがにまずいと思って、10月から放課後毎日2時間、図書館で勉強することを自分に課した。嫌いな勉強を長時間継続できない事を自分への言い訳にして、逆に短期集中型の性格に合っていたこともあり2時間限定と決めた。文系ではあったが、数学は好きだった。読書嫌いが災いしてか文字情報を覚えることは今でも苦手だが、数学の問題というパズルをいかに要領よくかつ最短コースで解いていくかという“閃き”を競う点に惹かれたような気がする。

受験予定の大学は、入試前にくまなく訪れた。これまた、実際行って、見て、感じて、イメージを持たないとしっかり目標も定まらないという気持ちからだった。そんな中、一橋大学(以下、一橋大)は、正門をくぐった瞬間“ビビッ”とした強い肌感覚を覚えた。

■母校で課外授業

 帰宅して一橋大の詳細を調べると、あらためて自分にとっていかに身分不相応かを知ったが、とにかく全力を尽くしてみようという気持ちになった。合格発表日に、一足先に行っていた7歳違いの兄が校門の前で、ニコニコしながら待ち構えているのを見て、心底ホッとした。というのも、数日前に行われた高校の卒業式の時点でも、僕の進路はまだ何も決まっていなかったからだ。

この母校(岡山朝日高)からは、2~3年程前に、特別講師として課外授業を行う大変貴重な機会を賜っている。僕以外にも、医師や弁護士など様々な分野のOB数人が招かれて、5~6クラスに分けられた2・3年生に、90分程度の授業を行うものだった。かつては地方の普通の県立高校であったが、昨今は進学校に変わったらしい。

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そこで受験生あるいはその卵達にまず自身の大学進学の経験を述べた後、職業人として専門分野である為替業務やマーケットの話をさせてもらった。真剣な眼差しで耳を傾けてくれる約80名の生徒さんを前にして、こちらもとても刺激的で新鮮な気持ちになり、母校に対する想いがひとつ新たに加わった。

一橋大に入って、テニスサークル(真面目な)に入る一方で、生活費を稼ぐためにさまざまなアルバイトに励んだ。おもしろかったのはある和食系ファミリーレストランで板前みたいな仕事をしたことだ。ちょうど世の中はバブルに向かう時代で、チェ−ン展開する外食産業が隆盛を極めようとしている中で、その内側で得た経験を元に作成した経営学のレポートでAを得られて、包丁使いに慣れたのと同様にうれしかったことを覚えている。後に「為替ディーラーは板前のような巧みな包丁捌きが必要とされる」と聞いたときは思わず苦笑した。

その後、大学3年生から商学部の花輪俊哉先生のゼミ(金融論)に入ったことや多くのゼミのOBが金融機関に勤めた影響もあって、就職活動は金融業界に的を絞ることになった。
そんな中、東京銀行(以下、東銀)のリクルーターや大学の先輩に、一般的な銀行業務よりは、マーケットに携わるディーラーのような仕事に興味があると話したところ、だったら東銀が一番だと言われ、外国為替専門銀行であった東銀に対するイメージが印象として強く残った。当時は、日本で外国為替と言えば、東銀の独壇場というくらいのブランドがあり、そこで仕事をするのが一番良いだろうとの漠然としたイメージから入行を決めた。

東銀入社後、最初に配属されたのは、外国送金なども含めた貿易事務を一括して集中処理する外為センターの輸出手形課だった。支店での預金業務などの普通の銀行員としての業務はなかったが、外為センターでは、貿易決済や送金業務など、いわゆる外国為替の起源である“実需”の仕組みやプロセスなどを目の当たりにする結果となり、その後今日にまで至る為替人生にとって、とても貴重な財産を築けたというのが率直な感想だ。1年後に為替資金部に異動した時に、外為センターでの経験が大いに役に立ったことは言うまでもない。

■早く“一人前のアシスタント”に

 当時の東銀の人事制度では、(1)支店での業務を継続し、その後3~4年目に若手派遣制度や語学研修制度を利用して海外での勤務を希望するコース、または (2) 2年目から若手本部勤務制度で市場部門などの本部各部署での業務に従事する、いずれかの選択を1年目の終盤に迫られた。公募していた本部には、資本市場部、為替資金部、開発金融部、財務開発部などがあったが、同期のうちおおよそ3分の1から半数程度がこの制度で各部に割り当てられていた。

僕は、東銀入社の動機でもあったこともあり、東銀で一番厳しいところと聞き及んでいた為替資金部を希望し、晴れてその門をくぐることとなった。しかし、為替資金部での日々は、自分の想像をはるかに上回る過酷さであった。

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最初の1年間は、慣れない環境から来る緊張と激務で毎日疲労困憊していた。為替資金部の勤務生(トレーニー)にあてがわれた独身寮のあった田園都市線の鷺沼駅から、毎朝5時の一番電車に乗る。地下鉄三越前駅(当時はここが終点)のホームの一番後ろに東銀に通じる長い階段があったので、後ろの方の車両に乗っているのは、為替資金部のトレーニーと行商のおばちゃんばかりだった。夜遅く朝早い生活パターンから、他の乗客がいないのをいいことに、椅子に横になって寝る者もいたくらいで、僕もよく車掌さんに起こしてもらったものだ。

日本橋の東銀別館にあったディーリングルームは、当時、東洋一の広さを誇っていて、人員も優に100名は超えていた。一般的な銀行では、マーケットは資金系の人間のほうが多いのだが、東銀の場合は、為替資金部の半数以上が為替関係に携わっていた。

僕は、為替資金部為替課のクロス1班に、英ポンドのアシスタント見習いとして配属された。クロス1班というのはメジャークロスと言われた英ポンド、西独マルク、スイスフランの3通貨を扱っているデスクだった。為替相場の中で最も取引が活発なのは、こういったスポットデスクになる。それが東銀ならなおさらだ。怒号やモノが飛び交うような、何がなんだかまるっきりわからない中での最初のステップはいかに早く“一人前のアシスタント”になるか、だった。

(中編に続く)

*2011年07月06日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】ディーラー修行の厳しさを知る
【中編】気持ち良いか悪いか、肌感覚を重視
【後編】わからない明日に常にチャレンジ

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為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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