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ディーラー烈士伝

「完全競争の醍醐味を知る」 ―加島章雄 氏 [前編]

2011年05月18日(水)

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■独立自尊の考えで

繊維問屋が多かった下町、両国で生まれ、小学校4年生までそこで育った。家も、祖父の代からカラーやワイシャツの製造卸業を営んでいて戦後業容は拡大し続けたが、日米繊維交渉で日本の繊維産業が打撃を受けて以降、父親の会社もかなりの痛手を被り、その後業績は悪化していった。こうした一中小企業の変遷が、その後職業として金融を選択する遠因になる。

ユニークな「全人教育」で知られる玉川学園の一期生だった父親の教育方針が、僕の人生に大きな影響を与えている。父は、人は皆誰しも違っているもので、それゆえに夫々の個性を尊重してその個性を伸ばすべきとし、そして、そのためにはできるだけ多くの機会(選択肢)を経験した方がよいという考え方をしていた。与えられた機会をアドバンテージとして活かせるかどうかは受け手次第になる。

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後に、自分自身が部下を持ったときに、スイスやイギリスの銀行にトレーニーとして派遣するなど、機会の付与には腐心してきたつもりだ。人は人を育てるものではなく、機会を与えることによって、自らがその機会を取り込んで育つものだ、というのが持論だ。

そうした方針のもと、スポーツ、絵、ピアノなど多くの機会を与えてもらった。スキーやスケートの類には熱中したが、絵はいまひとつだった。中学3年の時に美術なんてまったく高校受験の役にも立たないと、美術の授業中に英語の練習問題をやっていたら、先生に見つかって呼び出しを食らった。

怒鳴られるかと覚悟したら、意に反して先生は、「ここから多摩川まで自転車行くモノレールのようなものを、地上1メートルのところにつくるとすると、そのモノレールの幅は何センチあったらよいのか」と質問された。戸惑っている僕に、「理屈だと自転車のタイヤの幅があればいいが、それでは落ちてしまうだろう。タイヤの幅は、おまえにとっては受験科目かもしれない。でも人生にはそれ以上の幅が必要なのだ。この余裕の部分が美術や音楽や文学や体育などであり、これらが無用の用といって人間としての幅を広げてくれることになる」と諭してくれた。

先生の言葉にハッとした。既に、慶應を受験するつもりだったが、先生のこの一言で、よけい本気になって慶應を目標にしようと考えた。勉強だけでなく、人間としての幅を広げてくれそうな学校が慶應だと確信したからだった。

慶應は、父と同様に決して勉強することのみを是としたわけではなくて、やりたいことをやりなさいという教育方針と、大学を出たら人に迷惑をかけず、自分の足で立って歩きなさい、という独立自尊の考え方をしていた。

後年イギリス赴任中に、乗馬の先生(おじいさんだった)に、「嘘をつかない、約束を守る、人に迷惑をかけない“グッドシチズン”を育成しようとするのが良きイギリスの教育であり、これさえできていてばどのように生きていこうが人間としてリスペクトされながら生きていける」と言われたときにも、目からウロコが落ちるようだった。彼の“グッドシチズン”という言葉の響きは今でも忘れられない。

■銀行で中小企業サポートのはずが

高校では、ゴルフ部でゴルフに熱中し、勉強も一生懸命やったので、高校生活に悔いはないほどだ。大学でもゴルフは続けていたが、1・2年は遊び呆けていた。3年生になって、富田重夫先生の理論経済のゼミがきっかけとなって猛勉強し始めた。先生は理論経済だけでなく経済方法論(経済哲学)も専門で、このゼミの中で、経済とは何なのかという非常に根本的な議論をしたことが、ビジネスマンとしての考え方のベースになっている。

就職は、海外をまたに掛けて活躍する夢を抱き、最初は商社を念頭においていた。そんなとき、父が、銀行も考えてみたらどうだ、と言う。多分、事業の資金繰りが苦しかったときに、手を差し伸べてくれたのが銀行だったという背景があったのだと思う。自分に強く刺さるものがあった。確かに銀行も別の意味でやりがいがありそうだな、そう思って都市銀行をいくつか受けることにした。

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最初に内定をもらった富士銀行(以下、富士)に就職することにした。入行して何をやりたいか質問されたときに、「中小企業を資金的にバックアップして、第二のホンダやソニーをつくるのが日本の銀行の使命であり、自分はそれをやりたいです!」と意気軒昂として答えたものだ。為替にめぐり会わなければ、間違いなくこちらの道に進んでいたであろう。

富士の魅力は、大きくいって二つあるように思う。かつてのキャッチコピーが「カラコロ富士へ」(下駄履きで気軽に入れる銀行)だったように、富士は庶民性のある銀行だったし、職場には何でも言える自由闊達な雰囲気があった。一方で、富士は「闘う銀行」でもあった。特に住友との「FS戦争」と言われる収益競争においては、旺盛な競争心や闘争心で対抗して、それゆえに面白さもあった。

■NYでアメリカビジネスを学ぶ

入行して最初の3年間、室町支店で預金集めをする日々の中で、上司からの勧めで海外留学の機会があることを知った。入行後の3年目と4年目の2回しか試験を受けるチャンスがなかったが運良く4年目で受かり、その後ニューヨーク大学経営大学院に合格した。留学前の一年間、国際業務、市場業務に少しは携わった方がいいとの配慮か、国際資金室に配属になった。ここが為替、資金のディーリングとの出会いとなる。

当時、ディーリング業務は、富士の中のステータスとしてはあまり高くはなかった。銀行は、預金を預かって貸し出し、顧客に損をさせはいけないというサウンドバンキング(金融機関経営における健全性と安全性重視の理念)を重要視するカルチャーが強くあったため、ディーリングを本業にして儲けを出すなどということはとんでもない話だったのだろう。しかし、護送船団方式の下での銀行業務に窮屈さを感じていた自分から見ると、ディーリング業務は、グローバルな舞台での収益性の大きい魅力的なビジネスに思えた。

為替業務といえばスポットとフォワードで、しかもそれらをほんのわずかしか経験していない自分が、ニューヨーク大学で手にして驚いたのはオプション理論の本だった。授業では、マーケットの定義から始まって、そのメカニズム、オプション理論、ポートフォリオ理論等を学問として勉強している。当時の富士での市場業務の位置付けに対し、こちらでなされている先進的な議論に大きなギャップを感じた。

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ニューヨーク大学の経営大学院は、当時ウォールストリートのすぐ近くにあり、そこで昼間働いている多くのビジネスマンがMBAを取得するために夜の授業に通ってきていた。先生にも金融機関のシニアな人たちがいたので、理論的な学問だけではなく実務に近い議論も多く、見学したければ実際のオフィスにも連れて行ってくれた。その頃の日本は「Japan As NO.1」と言われるほど注目されており、日本のビジネスは世界一だと信じていたが、アメリカ的なコーポレートガバナンスのあり方とビジネスの仕方には、明らかに日本を凌駕している部分があった。

非常に刺激的かつ有意義な2年間が終わり、スイス富士(証券現法)に1年間トレーニーとして派遣されることになった。そこで為替資金業務を担当することになった。ただ、トレーニーであることもあり、業績への期待は低く、ディーリング業務はそこそこでいいからむしろヨーロッパでの見聞を広めてくれればいいとさえ言われた。しかし、せっかく金融センター、チューリッヒに駐在するのだから、発奮しないわけにはいかなかった。それにアメリカで学んだことだって実践したかった。

ところが、気張り過ぎてしまい、やる必要もないようなポジションをとったことで大損を出してしまうことになる。首になる、いや、左遷か、という考えが頭をよぎった。

(中編に続く)

*2011年03月03日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】アメリカビジネスに開眼
【中編】生の情報収集に奔走
【後編】グローバル競争での創造性と戦略性

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[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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