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ディーラー烈士伝

「ナイトスペシャリスト、マーケットと真っ向勝負」 ―福住敞綱 氏 [中編]

2010年12月08日(水)

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(前編はこちらから)

■ひとりで全てをこなす

 当時、ナイトデスクを置いていたのは、他にはシティバンクだけで、ナイトデスクがない銀行は海外支店にオーダーを回していた。ナイトの仕事は、東京市場終了後、ロンドンやNYのマーケットで、昼間はカスタマーディーラー(営業)とインターバンクディーラーに分かれている仕事の両方をひとりで行う、為替の総合的な経験とスピーディな処理能力が要求される。昼間の残っているオーダーをこなしつつ、お客さんに情報提供などのサービスを行うことが基本になる。

ミッドランドではナイトを2人体制でやっていて、午後3時〜4時の間に出社し、夜中の12時〜1時ぐらいまで勤務していた。このときにカバーしていたのはロンドン時間。ニューヨークタイムだと夜中になるので、さすがに皆寝てしまう。自分も帰って休めば、体力的に問題はなかった。ただ、後のナショナルウェストミンスター銀行(以下、ナットウェスト)で、1年間ほど、オセアニアタイムでまでやっていたときは、さすがにきつかった。

EBS(電子ブローキングシステム:電子取引)が登場するまでは、良いレートを素早く提供できるかどうかは、ディーラー各自のスキル次第だった。NAB時代からモットーとしていたのは、積極的に良いレートを提供することであって、私は、リスクテイカー的要素の濃いナイトであることを全面的に押し出していた。

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ディーラーによっては、良いレートを出さない人もいる。自分が損を被るリスクがあるからだ。私は、真面目だからということもあるのだけれど、それよりも、お客さんに喜ばれて、お客さんからもっとビジネスもらえるように心がけてきた。会社側としては、良いレートを出しすぎて損する場合もある。もちろん損失の制限枠はあるのだが、そういうときは、会社から叱責を食らうことになる。

ナイトの一番つらいところは、自分自身のディーリングよりも、昼間のディーラーや顧客などから預かっているたくさんの注文のほうが優先順位が高いということ。昼のディーラーからの申し送りに対して、しくじると文句を言われてしまう。昼のディーラーから預かったポジションに対して、コールオーダー(その水準に達すると電話で知らせる)をするのであるが、後のUBSでは、ポジションテイカーが大勢いたので、物理的に、どうしても間に合わない場合があったりした。

逆に、現在ではその文句すら聞けないようになってしまっている。実行されたレートに不満があっても、機械には、文句は言えないのである。

■「産地直売レート」を提供

 しかし、私は、やはりナイトの職が好きだ。海外市場のほうが東京市場よりもイベント性が多く活発に動くので、おもしろいということもあるが、昼間のように、書類をつくったりクレジットの審査をしたりするなどの仕事に煩わされることなく、相場と直接向き合える。本当に純粋に相場と向き合おうと思ったら、やはり夜がいい。昼と違って、夜は人の介在による人的タイムラグがないことも、お客さんに良いレートを提供できる理由のひとつだった。私はこれを「産地直売レート」と半ば冗談で称している。

ミッドランドでもまた良い人との出会いがあった。上司であった小口幸伸さんも私を育ててくれた人のひとりだ。業界で著名なディーラーの方々の部下としてキャリアを積むことができて、なんて自分は恵まれていたのだろうと、改めて感謝をする次第だ。

母が重篤な状態のときは、ナイトではなく、自分の相場観で銀行の自己勘定取引(プロプライアトリー・トレーディング)を行う、いわゆるプロップ・ディーラーになった。スイス銀行のときである。ちなみに、プロップ・ディーラーと、ポジションテイカーは同じ意味だが、ポジションテイカーは和製英語である。困ったときに周囲の人に助けてもらい、また、他の経験が積めたことはラッキーだった。

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母が回復し、次のスイスユニオン銀行(以下、UBS)でまたナイトデスクに戻ることになった。カスタマーも兼務するナイトは、顧客もあるわけなので、転職の際、お客さんを持って行くことを期待されてしまう場合がある。自分は元々がリスクテイカーなので、顧客開拓はその銀行の状態を見てするものだという発想しかしないし、第一、元の職場の顧客を持っていくようなやり方は、後足で砂をかけるようで好きではない。私は、どちらかと言えば、総合的な能力のほうを期待されて声をかけてもらっている。

■相場から緊急対応を学んだ

 当時東京で最大のディーリングチームだったUBSにはディーラーが30人ほどいた。やはり大きなディーリングルームに勤められるのはうれしいし、やる気が出る。大きいからお客さんも多くいて、チーム全体に活発が漲っていた。ディーリングをしていて、自分が生きている喜びをひしひしと感じた、最も幸福な時代であったと言えよう。

一番ボスのマーク・ロサスコさんは穏やかな人物で、人に対する理解力と優しさがあり、30人もいるディーリングルームをしっかり統率していた。チーフディーラーには、支店として何かをしたい場合、許可を得るための、本店との交渉能力も重要になる。その点では、日本人ではないほうがよりスムースに運ぶかもしれない。

また、ディーラーは細かい人のほうが向いていると思う。研究者的な細かさと、しかも細かいことに耐えられる能力があるほうがより最適かもしれない。細かいニュースが次々と出てきてもちゃんとフォローできる能力や上司に細かく怒られても耐えられる能力というのも必要だ。

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次に転職した、ナットウェストでのナイトは1人体制だった。東京市場における1人体制は、私が最初に始めているのではないかと思う。すべてをひとりでこなさなくてはならないので、お客さんとの密度は濃くなり、かつ収益性も非常に向上した。

EBSがあることで、ナイトは1人体制でもまかなえるようになり、また最近では電子取引がさまざまに広がりナイトデスクの数が減少している。死んだように静かに取引が行われている電子取引市場は、個人的には、つまらないと思っている。人間が活発に精力的にディーリングしていると、損しようが儲けようが、楽しい雰囲気というものが充満していた時代は遠くになりにけり、と感慨深い。

相場から、教えてもらった最も大事なことは、「緊急対応」だ。01年の9.11(米国同時多発テロ)や92年9月のポンド危機では、大急ぎで色々な人に電話して、その大変さを伝えている。プライベートでも、反射神経的に、なすべきことを直ぐに仕分けられ、カラダが行動してしまうようになったのは、長年のナイト生活の賜物だと思っている。

(後編に続く)

*2010年10月26日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】為替歴は高校生から
【中編】オールラウンドなナイトデスクの仕事
【後編】為替の職人をまだ続けたい

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>>「The FxACE(ザ・フェイス)」インタビューラインアップへ





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プロフィール

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TheFxACE(ザ・フェイス)企画チーム / TheFxACE

為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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