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ディーラー烈士伝

「飽くなき為替の道 今も進む」 ― 岡安盛男 氏 [中編]

2010年11月17日(水)

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(前編はこちらから)

■金利と為替で常に計算

 アムロは、投機的な取引よりも、あまり大きなリスクは持たずに確実に抜いていくようなアービトラージがピッタリ合っているような銀行だった。それゆえに、3年も経過するともっとばりばりディーリングをやりたいと考えるようになっていった。そんなとき、ロイヤル・バンク・オブ・カナダ(以下、RBC)のチーフディーラーだった、上平さんから声を掛けてもらったので移ることにした。

上平さんはスポットをやっていたので、僕はマネーのチーフになった。マネーと言っても実際はまたアービトラージのようなもので、短期金利が低くなって、長期金利が上昇しているのであれば、手前をショートにして、先をどんどんロングにして、それで毎日毎日利ざやを稼いだりする取引やスワップでも長期の5年先、10年先ぐらいまでポジションが決まっていて、そのタームを目いっぱい使って儲けるような取引を行った。このような長期の取引にはスポットよりも大きいリスクが存在する場合がある。

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つまり金利と為替相場の見通しを間違えて、例えばさやが0.5%抜けるところを0.2%で固定してしまい、数億ドル単位の金額で行った場合、長期間でみると0.3%でも大きなものになってしまう。ドルを10年間調達して10年物の国債で運用しようする場合、その円の金利を受けてドルの金利で支払う事になる。そこでスポットのポジションカバーが10年間の金利差だけで数百万ドルの払いになってしまう。そうすると今度はそれをどうカバーするかが思案のしどころだ。

また、こういった取引にはスポットも絡めてくるので、スポットを取るタイミングなど考えなくてはならない。アウトライト(スワップとは逆で、買戻しや売戻しの条件をつけない、買いまたは売りのどちらか一方だけを行う取引)の金額は、金利を半年ごとに、当時は電卓に毛の生えたようなコンピューターで全部計算(孫金利まで再計算)していた。スポットでも売買を繰り返し、常に自分のコストを計算する癖がついてしまったのか、先天的な商人の血かはわからないが、飲みに行っても、即座に一人いくらいくらと割り勘の計算ができる才能も身についてしまった。

■プラザ合意の1ヶ月で5年間の黒字

 RBCに3年いて、オーストラリアのウエストパック銀行東京支店(以下、ウエストパック)に85年の9月13日に移籍した。「白濠主義」(オーストラリアにおける白人優先主義)が撤廃されて大分経ち、いよいよ85年になって、オーストラリアと日本が相互乗り入れした。それに伴うようにして、同年、東京支店が開設された。為替チームは、チェース・マンハッタン銀行から移られたチーフディーラー藤野昭午さん指揮下で創設されようとしていて僕も引っ張られた。

藤野さんは1930年生まれ。日本の為替ディーラーとしては固定相場制の頃からの人で、ニューヨークの本店で仕事をしているときにポンドショックで大儲けしたという話をきいた。そのとき、東京支店では逆に大きくやられてしまっていたことから、東京にチーフディーラーとして戻された。スポット以外でも「スワップ」、「受け」、「払い」などの呼び名を考えて、大蔵省(現財務省)に説明して、現在の日本のスワップ取引を立ち上げるのに尽力されている。

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業界では主のような存在感で彼を慕う人は大勢いた。僕は藤野さんほど相場師としての資質のある人を見たことがない。麻雀や将棋の打ち方などに対しても勝負へのこだわりが強かった。当時は55歳くらいであったが、記憶力や判断の切れなどは卓越していた。しかし、怒る時はまるで雷のごとくすさまじい迫力の持ち主でもあった。家も近くということもあり家族付き合いをさせてもらい、未だに藤野さんへの畏敬の念は忘れていない。

僕が移籍したのは、プラザ合意の始まる約1週間前で、その数日前にウエストパックもオープンしたばかりということもあり、わずか数人のディーラーで世紀のイベントと奮闘した。ドル暴落のにおいは充満していた。9月23日秋分の日、藤野さんから出社要請で、ドルを売った。

休み明けの24日に、マーケットはガラガラッと音を立てるようにして始まった。休み明けの早朝で邦銀は多分プライスが出なかったと思う。オーストラリア最大のウエストパックの支店ということで、東京市場の開く数時間前にオーストラリア市場で、ワイドスプレッドではあったがプライスは出る。お客さんにプライスを要求される。00−50で出す。00ちょうどで買うのはいいが、次のレートは50銭下にしかない。

「どうしますか?」の問いに「全部受けちまえ!」と藤野さんの静かで低い声が響き渡った。そして、取り敢えず出たプライスを倍返しで売りまくっていった。まさに、プラザ合意のおかげで2度とはお目にかかれないような入れ食い相場となり、ウエストパックは、開設後5年間は赤字を覚悟していたのに、1ヶ月間で5年分を賄う程の黒字になると同時に一挙に顧客の開拓ができたのだった。

開設したての外銀支店であればディーラーのポジションはせいぜい3,000万ドル〜5,000万ドル程度で、少しずつ増えていく。よく、有名なディーラーなどと言うが、日本では大きな金額を取引しているから有名だという人が多い。あの人はすごい玉を振っている人だと、ブローカーが流布する。しかし、僕は、良いディーラーとはポジションの大きさではなくて、その人のディーリングスタイルであって、生き残れる人だと思っている。

■黒子から積極的に表舞台へ

 ウエストパックでは途中からポジションテイカー(マネジメントポジションを持って自分の相場観で売買する)になり、カスタマーも担当した。ウエストパックのロンドン支店に3年間赴任して、大き目のポジションも持たされ、お客さんに情報の提供や売買のアドバイスをしながらトレードしていたときは特に楽しかった。自分は、顧客と話しながらポジションを持つというのが向いていると思う。

スポットディーラーとポジションテイカーとでは全くそのスタンスが違う。スポットディーラーは瞬間的に鞘を抜くのが仕事で、1億ドルのポジションで10銭を瞬間的に抜けば、100万の利益を上げられる。それを何度か繰り返していれば、1日に相当な金額が儲けられる。今でいえばスキャルピングの手法だが、客の玉があるだけ儲けやすいといえるだろう。当時はポジションテイカーの方が少なかったが、ポジションテイカーは、割り当てられた範囲でポジションを持って、デイトレをしながら基本的に、トレンドに乗って中期的に鞘を抜いていくので、何十億、何百億と稼げるものではない。

邦銀は、ストップロスは入れないで放っておくところが多いと聞いていたが、外銀の場合、与えられた枠以上の損失を出すとクビになるか他のセクションに移動させられてしまうのでストップロスを必ず入れる。ただ、僕の場合はストップロスという注文を出すのではなくて、コールオーダー(その水準に達すると電話で知らせる)をしてもらい、その状況により切ったり、逆に売り(買い)増しをするやり方をとった。

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銀行時代、マスコミから色々コメントを求められたが、週刊誌などで自分の相場感を話してしまうと、自分の言葉で縛られてしまうので一切出ず黒子に徹した。相場は生き物で、いつ流れが変わるとも限らない。それは藤野さんの教えでもあった。

現在、FX業界に転身して、規制によりポジションは持てないが、持たない方がむしろ冷静な目で相場を捉えることが出来る。これまでの自分の経験が少しでも個人トレーダーの方々のお役に立てればと思う気持ちから、今は黒子から表舞台に積極的に出ている。

(後編に続く)

*2010年09月14日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】なんでも屋のアービトラージディーラー
【中編】生き残れる人が良いディーラー
【後編】いつも明るく感謝を忘れず

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>>「The FxACE(ザ・フェイス)」インタビューラインアップへ





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TheFxACE(ザ・フェイス)企画チーム / TheFxACE

為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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