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ディーラー烈士伝

「為替との勝負、未だ終わらず」 ― 堀内 昭利 氏 [前編]

2010年06月09日(水)

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■相場師の血

 競馬にのめり込んでいた親父が給料日に一銭も家に入れず、泣いていたおふくろの姿が子供心に強烈な印象だったのだろう、今でも思い出す。おふくろは、当時としては珍しかったお茶とお花の先生であったにも関わらず、家はボロ家で、弟子など取れる状況ではなかったので、野村證券のセールスレディーをやっていた。

今になってみると、目黒駅前の文房具屋まで売り払う羽目になっても競馬を続けるほど徹底していた親父はすごいと思える。血筋なのかもしれない。なにしろ祖父は米と株の信用取引で大損をして、裕福だった堀内家の田畑と家を取られ、静岡から東京に出て来ている。こうしたことを考えると、為替の相場師の道を私が歩むことになったのも何ら不思議ではない。

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都立高校の受験に失敗して入学した私立巣鴨高校は文武ともに猛烈なスパルタ式の学校だった。試験の結果を成績順に校庭に張り出すなどしてやっていたから、いつの間にか進学高として有名になってしまった。

人生初の分岐点は高校3年のときに訪れた。学校の帰りに本屋で学研の「高3コース」を立ち読みしていたら、アメリカの大学留学の案内が出ていた。英語と国語の平均点が90点、数学と物理の平均点が30点といういびつな頭だった私は、これはチャンスのように思えた。大学の学費、食費、寮費すべて無料なのも魅力的だった。

第一関門は「どうして留学したいか」の作文だった。小説家になりたかった私はこういうことは得意。首尾よく第一関門を突破し、10人の中に残った。

この留学制度のスポンサーで、日本一のいびきの大家である池松武之亮先生の面接を受けパスした。最終選考は、アメリカ大使館の女性による英語の口頭試験だった。あの当時アメリカ人と面と向かうなど恐怖でしかなく、頭の中は真っ白になってしまい、合格が危ぶまれたが、3人の留学者の一人に選ばれた。

68年5月、ミズーリ州、スプリングフィールドのオザークス大学での生活が始まり、それは必死で勉強した。アメリカ人の学生と違って、こちらは落第したら追放される身で、卒業もしないで帰国したら2度と町内を歩けないプレッシャーを羽田空港での送別のときに感じていたからだ。

■ポーカー、為替ディーラーへ通ず

 金欠病には泣いた。両親が手紙に1ドル札や5ドル札を同封してくれるのだが、何せ日米の給料の差は5倍とか10倍といった感じだった。しかも1ドル=360円。三井銀行からの送金は、手数料が上乗せされてなんと400円換算になっていた。

生活費稼ぎのために、寮のミーティング・ルームで週末夜を徹して行われていたポーカーに参加するようになった。そのポーカーで次第にのし上がり、ナンバー2にまでなった。金がなくて勝負を賭けているのだから、絶対に負けられない背水の陣だった。相手に金がなければ、背広でも教科書でも何でも取り立てた。

卒業を翌年に控え、シカゴに工場をつくる計画で留学生を募集していた日立製作所の面接に行く予定になっていた。ところが、ニクソンショックが起こり、日立もこのあおりを食ってしまう。歴史的な為替のビッグイベントで日立への就職のチャンスを逸してしまったが、後に為替ディーラーになるのだから不思議な巡り会わせだ。

卒業までに仕事は決らず、いつまでもアメリカにいられないので、帰国し就職活動をスタートした。日本の学生よりはるかに学問をしてきているのに、日本の大学を出ていないからというだけで門前払いをされる。なんとか小さい株の雑誌社に入社し、半年間働いた後で、大学時代の先輩の口利きで材木商に勤務していたある日、日経新聞の「ディーラー募集、スイス銀行」の求人広告を目にした。

面接したスイス人のトニーという支店長が私の履歴書の中で、大学時代のポーカー会の副会長という部分に着目し「これはディーラーにぴったりだ」と言った。

ポーカーに勝つには、いい手を作ろうとするのではなく、いい手があるように見せなくてはならない。つまり相手をブラフ(脅迫)することがポーカーのコツなのだ。相手が弱気の心理になっているときに攻めるか、自分が強気になり過ぎているときに墓穴に入るとか、非常に心理ゲームだ。そこが相場に相通じる。

■スイス銀行プロ集団に鍛えられる

 75年4月、入社の日、その後浅からぬ縁を持つことになる中山茂くん(以下、チャーリー)と出会った。彼が後にディーリングの道に進むのは少なからずとも私の影響があったのだと思う。

当時スプレッド(売りと買いの差)が10銭なんてまだよい方で20〜30銭の開きなど当たり前だった。荒れると「291円10銭買い」「291円60銭売り」なんてよくあった。それでも突っ込んでいったのは、男は度胸だった。そのせいか、ゴルフに行くと、よくキャディーに築地の魚屋に間違えられていた。

半年ほど経って、パニック症候群に罹った。この病から逃れるには今のディーラーという仕事を辞めるか、一生この病と付き合っていくしかないと医者に宣告されたが、私はこの病が一生治らなくても、ディーラーを続けようと決意した。

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チャーリーは、極めて弱い内面を持つ私が、それを克服してこの世界でやってきていることに対して一目置いてくれている。私から見ると彼は非常に芯が強く、また日本人であれだけ物事を白黒ハッキリつけられる人間は多くはいないと思っている。

当時からスイス銀行の本支店には、名うての為替ディーラーが大勢いて、世界でもトップ5に入る活発な銀行だった。この優秀なディーラーたちには、中卒や高卒で入ってきた職人のような連中も多く、日本の銀行とは全く異なるプロ集団だった。

こういった環境の中で、スイス人の部長や日本人の課長の右腕として働いたことが、後年大きく役立つことになる。そして、目の前でドルがひたすら落ちるのを見て、初めて相場の醍醐味を味わうことになった。

電話で話しているときに、他の電話を切って、かつ他のディーラーのしゃべっているのを適当に聞いていたら、欧州の為替の世界では3本指に入っていた本社のヘッドのバシュナゲルさんに「ディーラーというのは耳を4つ。最低でも3つ持っていなければならない。電話のベルが2度なる前に取れ。2つの電話で話すのは当たり前。なおかつ周りで起きていることにも気を配らなければならない」と忠告された。

いつ、どこに重要な情報や緊急の情報が流れるのかわからないから、常にアンテナを張っておけということを意味する。彼から言われたことを深く感じ入り、私も自分の部下に同じように指導している。

78年から自分で円の相場を張るようになった。本来ならば儲けたところで、さっと手を抜き、勝ち逃げに持っていくのがよいのだが、勝ち逃げを覚えて確立できるようになるまで10年超の年月を必要とした。

どんな人でも常勝はできない。どんなに勝っても、やはり負けるときもやってくる。多くの人がその大金を維持できずに、散らしてしまう。勝負は時の運なので、勝てるときに徹底的に勝つということは大事なことなのだ。

段々と儲けられるようになり、とにかく儲けるものだから上司も黙っているしかなかった。私としては勝てば官軍の錦をいつもちらつかせていた。慢心している私に鉄槌を与えることができるのはマーケットしかなく、とんでもない罰を受ける羽目になる。

(中編に続く)

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====【出版のお知らせ】===================================================
「チャーリー中山の投資哲学と堀内昭利の相場戦陣訓」
FX投資のための[直伝]心得帳
チャーリー中山/堀内昭利 著  長尾数馬 責任編集
実業之日本社より2010年6月17日発売予定

『この本は30年以上為替をやってきた私とチャーリーの集大成だ。
 そして、FX個人投資家に対する私たちの最後の啓蒙になるだろう』−堀内昭利

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*2010年05月10日の取材に基づいて記事を構成
 (取材/文:香澄ケイト)

【前編】為替ディーラーに賭す
【中編】相場の猛者たちと切磋琢磨
【後編】90%為替にかける情熱は不変

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>>「The FxACE(ザ・フェイス)」インタビューラインアップへ





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為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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