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サザインベストメント株式会社 代表取締役社長 広布文夫氏(第3回)

2009年10月19日(月)

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■大和証券の社長よりもベンチャー企業での成功を

1985年にUCサンタバーバラという大学に会社派遣で1年間留学させてもらいました。いいとこでした。ずっとテニスやゴルフをやっていました。

留学時に知り合った方の一人に、UCサンタバーバラの卒業生がいました。この方は、ベンチャービジネスで成功した方で、サンタバーバラでも名士として知られていました。彼はすごいお金持ちで、彼がやっているビジネスや生活ぶりをいろいろと見せてもらっていました。

彼は、日本でいう超高級クラブの会員で、セレブしか入れないジムクラブにもたまに連れていってもらいました。彼は、いろんな上場株をやったり、自分のベンチャービジネスをやったり、他の会社の株主になったりしています。家を探していたのでよく同行しました。、5百万ドル、7百万ドル等の高級ハウスでした。自宅にはベンツが2、3台、ポルシェが1台ありました。

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こうした姿を目にすると、すごいな、やっぱりこういう人もいるのだなと思いました。金だけではなく、自分の好きな時に休んで、自分の好きな時に、好きな仕事をするスタイルがいいわけです。いずれ私も、こうしたベンチャーで成功しよう、大和証券の社長になるよりもこっちの方がいい、と思うようになりました。

米国での留学生活が終わり、大和証券に戻ると、引受の仕事をするようになりました。例えば、マクドナルド、ケンタッキー、ファイザーなどがお客様です。ただ、引受の仕事をしているうちに、サンタバーバラで決意した気持ちをだんだんと忘れていったのも事実です。日々の生活の中で、人間関係の問題など、つまらないヒエラルキーの世界で何をすべきかなどと悩む生活に戻っていきました。

そんな中、大和証券の当時の社長から、次はどこで勤務をしたい?と尋ねられました。そこで、ロンドンあたりに行きたいと言ったら、次の異動でロンドンに行かせてもらうことになりました。1990年のことです。

■優秀なファンドマネージャーと英語で戦う

ロンドンでは、ベアリングとかフレミング等の機関投資家営業をしました。仕事を始めた当初は大変苦労をしました。仕事として英語をきちんと聴き取らなくてはいけません。最初の半年間くらいは、ものすごく疲れました。

当時、私が付き合っていたのは、機関投資家のファンドマネージャーでした。彼らの多くは、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を卒業した非常に優秀な方々ばかりでした。彼らは、日本株の専門家ですから、我々よりも日本の政治や経済について詳しいくらいです。つまり、仕事をする上では、彼らのレベルを超えたものを提供しなくてはなりません。初めのうちは、何を話していいか分からず、本当に怖くなってしまいました。

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ただ、そのうち、自分は帰国子女でもなんでもなく英語が下手なんだ、と開き直るようになったら、だいぶ楽になりました。下手な英語でいいから、とにかく聴き取ってやればいい、と思い、株数といった重要な情報を逃さないことに注意を払うことで、仕事がうまくいくようになりました。

イギリスで2年間、仕事をした後に、スイスのジュネーブ店に転勤になりました。スイスでの顧客は、機関投資家ではなく、プライベートバンカーでした。結局、スイスでは4年間、働いていました。

スイスで仕事をしているころになると、サラリーマンとしてではなく、自分の会社で企業家としてビジネスをしたいな、と思い始めました。。そんなときにお客様であったスイスの投資家が、アジアでスイスの銀行業務を展開したいので、アジアのヘッドにならないか、というオファーをいただきました。年収もそこそこ高く、外資系に転職するようなものでした。行くべきか、止めるべきか、と考え抜き、最終的には同僚何人かで行こうと決めたとき、そのスイスの投資家がお金を出さなくなりました。このため結局、大和証券に残ることになったのですが、自分の中では、何かしなくては、という気持ちが強くなっていました。

■DLJディレクト証券の立ち上げ

スイスから帰国後、ダイレクトトレーディング部の部長となり、ネット証券部門の責任者になりました。以前よりネットで何かをやらなくてはいけない時代だと思っており、当時の専務と一緒に、イー・トレード、チャールズ・シュワブ、DLJディレクトといったネット証券会社を訪問していました。その結果、我々は、間違いなくネットで何かをしなくてはいけないという結論を得ていました。

米国のネット証券について研究しているうちに、DLJディレクトがネット証券の子会社の存在を知り、大和証券と組んでやろうか、という話がでてきました。大和証券としては、資本を投入すべきか、それとも大和証券とは切り離してやるべきか、といった議論がありました。もちろん、大和証券の中でも、営業部門では、ビジネスのバッティングを気にする声もあり、話を進めるべきか悩ましいときもありました。ただ次第に、大和証券とDLJディレクトの双方が資金を出してやろうと、だんだんと話が決まりつつありました。

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そんなときに山一證券が倒産し、大和証券も住友銀行から出資してもらうことになりました。その結果、DLJディレクト証券は、大和証券、住友銀行、住友海上、住友生命等の住友グループが、それぞれ3億円ずつ出資するという変則的な資本構成でスタートすることになりました。私は、このとき、DLJディレクト証券のスタートアップを委員長の形で進めていました。

しかし、DLJディレクト証券の立ち上げを進めていくうちに、大和証券が住友銀行と一緒に進めていくのに無理があると感じるようになりました。大和証券と住友銀行では、会社のカルチャーが大きく違います。私自身も住友銀行のカルチャーが自分に合わず、結局辞めることになりました。1999年のことです。

(第4回に続く)

(第1回)野球好きで女性にモテる子供が男子高へ
(第2回)コネ入社の新卒が優秀な営業マンに
(第3回)サンタバーバラで人生のあり方を知る
(第4回)信頼関係に基づくFXビジネスの構築へ

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