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楽天証券株式会社 代表取締役社長 楠 雄治氏(第2回)

2009年08月17日(月)

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■好きなことを優先し西洋史を専攻

東京の大学も受験しましたが、結局は広島大学に進学しました。大学では文学部史学科に所属し、西洋史を専攻しました。世界史が好きだったので、好きなことをやればいいだろうと考えただけです。卒業後の進路とか先のことはあまり考えていませんでした。親は、法学部に行けとか経済学部に行けとか言っていましたが、結局は自分の興味を優先させました。

大学では、西洋史のなかでも古代史を研究していました。いわゆるメソポタミア文明とか、エジプト文明とか、です。普通、西洋史というと、中世や近世のイギリス、フランス、イタリア、ドイツなどを研究するのですが、私はそちらの方面に関してまったく興味がありませんでした。

大学に入って軟式テニスは止めてしまいました。アルバイトで忙しかったからです。NHK広島局でカメラマンのアシスタントをずっとやっていたほか、土方や学習教材の販売、家庭教師もやりました。親に無心するわけにもいきませんし、学費を自分で払っていたのでアルバイトに精を出す必要があったのです。

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就職活動の時期が近づき、西洋史では進路が狭いことに気づきました。西洋史を専攻した卒業生は、学校の先生になる、大学院に残る、公務員になる、程度の選択肢しかありませんでした。

そんななか、就職先としてマスコミがいいだろうと考え、いくつかまわったのですが、あまり真剣に就職活動しなかったので、結果は出ませんでした。アルバイトが面白かったこともあって、大学は5年目に突入しました。

さすがに5年目になると、真面目にやらなければまずいと思い始めました。研究室の周りの人間を見ていると、教職を受けたりとか、それこそ公務員試験を受けたりとか、大学院を受けたりとか、皆そうしていました。しかし、私は教えるのが嫌いですから教職を選択肢に入れておらず、大学院も、オーバードクターで30歳になってもアルバイトでご飯を食べている方が多いのを見て、こうはなりたくないなと思っていました。当初、マスコミがいいなと思っていましたが、NHKで散々やってきたので、それもいいだろうと思い始めました。結局、一般企業に入ろう、ということにしました。

■今後の成長産業としてSEを選ぶ

一般企業を選ぶ際に考えたのは、これから何が伸びるか、ということでした。当時は、SEが今後10年で何十万人不足するなどと言われていた時代でしたので、システムエンジニア関係で企業を5、6社受けました。ただ大手の企業の中には、新卒を2,000人も採用していたのですが、そんなに多くの人を採用する会社に行ったら、自分はどうなるんだ?という思いもありましたので、受けようと思いませんでした。

その頃は、自分で直接会社にコンタクトを入れ、説明会や面接のために東京や大阪に出ていました。毎週月曜に東京に出てきて、東京に住む高校時代の友達のところに居候をし、週の後半ぐらいに広島に帰って、週末はバイトする、というサイクルを2カ月ぐらい続けていました。そのうちに、いくつかオファーをいただけたので、その中で一番おもしろそうなDEC(日本ディジタル・イクイップメント)に入社しました。

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勤務地は池袋のサンシャインシティでした。当時、日本一背の高いビルでした。DECのエンジニア採用は、文系だろうが理系だろうが、関係ありませんでした。幅広く人材を採用したほうがシステムづくりに有益だという考え方に基づいていたようです。当然、私もシステムについては全くの未経験者でした。

DECでは、同期のソフトウェア関係の新入社員は60人くらいで半年間の研修がありました。その間、缶詰になったのですが、コンピューターのコの字から全部教えてくれました。そして半年後の配属では、すぐにお客さんのところに常駐になりました。私は、大手町のある大手銀行に常駐しました。そこで、お客様と一緒に話しながらコーディングをやっていました。

最初の頃は、実務経験がないので、何もできません。先輩からいろいろと教えてもらいながらやっていくという感じです。先輩が、どんどんとシステムを作るのをみて、こっちは何やっているかよくわかんないな、ということもありました。

■仕事を選ばず目の前の仕事に注力

その銀行での常駐を、2年半ぐらいやりました。ただ、その銀行は大手町だけでなく、ニューヨークとかロンドンの拠点にもシステムを展開していましたので、そっちのほうにもサポートで出かけたりしていました。

当時は、とにかく目の前にある与えられた仕事をしっかりちゃんとやろう、と考えていただけでした。仕事の好き嫌いといったこだわりは全然ありませんでした。20代のうちは、全力を尽くして、きちんと結果が出るようにやる。それしか考えていませんでした。

DEC在籍中は、銀行の仕事の後は、生命保険会社を約4年、その後、損害保険会社を1年担当しました。大手の金融機関のお客様のところに常駐し、ディーリングシステムの構築を中心に仕事をしていました。

■生まれて初めて予備校に通う

DECで仕事をしていくうちに、自分のキャリアの中で米国に留学するのは、非常にいいことではないかと思い始めました。ただ、DECには留学制度がありませんでしたので、行くのであればDECを辞めるしかありません。DECを辞めるかどうかはともかく、まずはとにかく留学のための準備をすることにしました。

大学受験までは予備校や塾に通いませんでしたが、このときは初めて留学のための予備校に通いました。TOEFLやGMAT対策、ビジネススクールの面接対策、エッセイの練習などをしました。

1年ぐらい予備校で勉強をして、いくつかビジネススクールを受験しました。最終的にシカゴ大学のビジネススクールに合格したので、DECを辞めて、シカゴ大学に留学しました。結局、DECには8年半、在籍したことになります。

(第3回へ続く)


(第1回)広島生まれの広島育ち
(第2回)古代史研究の学生がシステムエンジニアに
(第3回)キャリア構築のためにシカゴ大学へ
(第4回)ネットを通じてシームレスな投資サービスを

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