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ディーラー烈士伝

「我がDNAはディーラーなり」 ― 中山恒博 氏 [後編]

2009年07月08日(水)

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(前編はこちらから)

■あわや首寸前も経験する

81年までニューヨークにいる間に、当時のトップバンクだった東銀さんや外銀ディーラーと多く知り合い色々教えてもらった。為替では、その後東京市場でトップ5くらいになったけれど、その頃の興銀はまだまだ弱小世帯で「IBJ(興銀) Who?」と歯牙にも掛けられなかった。当時邦銀としての為替業務は、取引先の為替を取ること、そしてそれを元にしたポジションテイクが基本だった。

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小さいポジションしか張ってなかった前任者と比べて、こちらは4年の経験が有るからと生意気にもドル/円でポジションを少し大きく張ってみたら、最初の1ヶ月でこのニューヨーク支店が稼いだ過去2年分のトレーディングの利益を素っ飛ばしてしまった。これはもう本当に「やばい!」と思って青ざめた。当時次長だった人に、今考えるとこの人はなかなか偉かったと思うが、いや実はこんなにやられちゃってという話をしたら、「そうか、ところで君、この相場観は正しいと思っているのか」と訊かれ、絶対ドルは安くなるという信念があったので「はい、思っています」と答えたら、「じゃあ、持ってろ」と言われた。そうしたら1ヶ月くらいでドーンと落っこちて儲かったのだけれど、あわやもう首になるかもしれないと思うほどの経験だった。

84年に36歳で、興銀で最年少の課長になって為替の世界にもどったばかりの時にはもっと手痛い経験をしている。ディーラー歴8年なんて興銀には誰もいないわけだし、中山さんはすごいディーラーらしいと周囲にも期待されていると思い上がっていた。84年はポンドが1ドルを割るのは時間の問題と思われていて、いつ割れるか皆で賭けをしていたほどだった。ええかっこしいの気持ちもあって、ポンド/ドルを1.06位で売ったら1.0までワッと落っこちてえらく儲かった。浮かれていたのもつかの間、英中銀の介入があって1.16まで戻してしまい、結局億単位の大やられ。さあどうしたものかという時に、ディーラー友達であり師とも仰いでいた坂本軍治さんが英中銀まで電話して情報収集してくれて「中ちゃん、これは切ったほうがいいよ」とアドバイスをくれた。

■14人の士と共にプラザ合意に挑む

それでポジションをひっくり返して多少は取り返したが、新米課長は出鼻をくじかれて意気消沈だ。この時、部内でも優秀なディーラーだった澁澤稔君や花井健君などがプレッシャーの中で潰れそうになっている僕を呼び出して、『中山課長を突き上げる会』というのを10人くらいで催してくれた。それで、酒を飲みながら、彼らは「何を遠慮しているんですか、課長。我々は何があってもあなたに付いて行くんだから、とにかく好きにやってください」とゲキを飛ばしてくれたおかげで目から鱗が落ちた。この時、そこから4年間為替課長をやるための本当の励ましをもらった。僕のディーラーの原点は、この時に外部の人達や内部の人達にサポートしてもらったということにある。僕はすぐに利益を吹っ飛ばしてしまうし、失敗の連続なのだけれども、儲かった時よりもこういう時のほうがはるかに覚えている。

85年9月22日のプラザ合意は、我々にとってやはり忘れられないイベントだ。翌23日月曜日秋分の日に何か動きがおかしいと出勤し、ドル売りポジションを作って行ったのだが、翌朝、東京が開いた時には当局の激しいドル売り介入にも拘らず、輸入為替が大量に出て大きく持ち上げられ、大やられするところまで行った。しかし、絶対下がるからとにかくポジションは切らないで行こうとがんばった。余りにも激しいマーケットの動きで、取引は普段の10倍にもなり、我々のポジションも分からなくなってしまうほどだった。今だから言えるけれど、結果的にはショートで当局のポジション規制の4〜5倍は持っていた。その後は一気に下がって儲かったのだが、本当に壮絶なマーケットだった。

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15人の男だけのディーリングチームで僕はラグビー部のキャプテンのようなものだった。そんな仲間と良い仕事をした時には皆でよく飲んだ。とにかく皆激しく飲むものだから、もう暴徒と化すような集団になって、出入り禁止にされた飲み屋も何軒かあったりしたので、予約の時に決して興銀だって言うんじゃないぞ、などということもあった。84年からの4年間を今でも鮮明に覚えている。この時がディーラー人生のピークであり、給料をもらっているのが悪いと思うほど楽しくて仕方がなかった。よく転勤を言い渡される夢を見て、とうとうその時が来たか、とがっかりして起きるとまだ為替課長だったので嬉しくなったものだ。後にも先にも自分の人生で月曜日が楽しくてたまらなかったのはこの4年間だけだった。また、この時に為替の仕事もチームワークだということを確信した。

■ディーラーは臆病であれ

僕は為替ディーラーは臆病な方が良いと思っている。大胆な人は大胆に儲けるけど大胆に損する。大胆に儲けて大胆に損する人は必ず負ける。清水の舞台から飛び降りるほど大胆に後先考えずに大きく張るような無理をやった人達は必ず消えている。そういう人達は九勝一敗でも、その一敗で九勝分やられてしまう。儲けられるディーラーは、臆病でありながら、儲かっている時には早目に利食わない勇気と、損している時に早目に損切りをする勇気を資質として持っていると思う。

その原点に有るのは、いかに緻密に相場を追いかけているかだ。伝説のディーラーと言われているチャーリー中山さん、坂本さん、酒匂さん、部下の澁澤君、花井君もそうだった。こういう人たちは皆大胆に見えても繊細で、相場から絶対目を離さないし、皆、夜中に電話がリンとなった瞬間に目が覚めるという人達だ。電話のベルを2回・3回鳴らす人なんてまずいない。それだけ神経をずっと研ぎ澄ましている。

損をしたら一度ポジションをしめてしばらく休む、つまり本当にディーリングを止めることも大事。止めないとどうしても自分の都合良い方向にまた行ってくれるだろうというウィッシュフルシンキングで動いてしまう。これでは駄目だ。一旦閉めてゼロクリアにする。あの頃、ある銀行ではペナルティボックスと称して特別な部屋を用意し、そこで一日本を読んだりして過ごさせ、ポジションを持たせないでその間充電させるということをやっていた。何でもかんでもやればいいというものでもない。休むもまた相場なりというぐらいのところでやるのが一番良い。それと、損を取り返そうとして打つ起死回生策は必ず失敗する。

■為替相場で大事なもの

相場における基本は『バイ・ストレングス、セル・ウィークネス』、つまり強いものを買う、弱いものを売る、ことだと思っている。逆によくあるパターンだが、下がったから買う、上がったから売る、安いから買う、高いから売るというのは一番間違いやすい。誰が高いと決めているのか、誰が安いと決めているのか、それは自分の思い込みである。利食いはこのパターンが正しいが、相場の思い込みは基本的に危険である。痛い思いをしてこのことが身に染みついている。

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優秀なディーラーは大損をしないということに加えて、ディーリングということに関しては、上手く流れに乗っている。流れに乗るという意味では、ポイント・アンド・フィギュアというチャートは当時僕も重宝した。77年、シカゴのIMM(国際金融先物市場)が活発化し始めている時に、ものすごく儲かっているディーラーがいたので話を訊きに行った。その人は日本の首相の名前も知らないような人で、俺は、去年まで豚肉相場をトレードしていたんだけど円のほうが儲かるから円に切り替えたなんて言っているので驚いた。この人は、お父さんの時代からポイント・アンド・フィギュアを使っていたのだそうだ。ローソク足を使った相場判断法である酒田五法だってそれこそ米相場から来ているが今でも十分ワークしているわけだから、そういうものは大事にしたほうがいいと思っている。

僕がもう一つ大事にしていたことがある。部屋の中にガスが充満しているかどうかを嗅ぎ分ける感性だ。ガスが溜まっていない時にいくらマッチをすっても全然燃えないが、逆に、ものすごく充満しているときには、本当に小さな火花だけで爆発する。相場もまさに今どの程度ガスが充満しているかということを肌で知るということだと思う。これはある程度経験と勘の問題だと思うが、僕も相場観でこれは間違いなくこうだと強く感じた時が年に2〜3回くらいあって、そう思った時にはあまり外れなかった。

今になってあの12年間のディーラー生活を振り返ってみると、結局人との交流の歴史だったのだと強く感じる。この間、実に多くのことを学ばせてもらった。ディーラーという職業にめぐり会って本当によかったと思うと同時に、自分がディーラーであったことを心から誇りに思っている。


(全編終了)

*2009年5月28日の取材に基づいて取材者が記事を構成
(取材/構成:香澄ケイト)

【前編】人に恵まれ相場に恵まれ
【後編】相場は緻密たるべし

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プロフィール

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TheFxACE(ザ・フェイス)企画チーム / TheFxACE

為替ディーラーのご経歴を持つ方々に、ご自身の生き様や相場に対する考え方などをお伺いしていきます。

[取材/文]
香澄ケイト(かすみ・けいと)/外為ジャーナリスト

米国カリフォルニア州の大学、バヌアツ、バーレーン、ロンドンでの仕事を経て、帰国後、外資系証券会社で日本株/アジア株の金融法人向け営業、英国系投資顧問会社でオルタナティブ投資の金融法人向けマーケティングに従事。退職後、株の世界から一転して為替証拠金取引に関する活動を開始し、為替サイトなどでの執筆の他にラジオ日経への出演およびセミナー等の講師も努める。

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