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株式会社マネックスFX 代表取締役社長 工藤恭子氏(第2回)

2009年05月25日(月)

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※役職名は取材当時のものです。記事掲載時点の役職名は取締役会長です。

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■シティバンク入社を即決

残すは外資系しかないと思いました。外資系であれば、性別による区別はないだろうと思ったことが大きな理由です。ただ当時は、外資系の金融がさほど多くありませんでしたので、日本にもっとも根付いていたと思われるシティバンクに向かいました。

8月21日にシティバンクの面接を受け、その日に内定をいただきました。オフィスも、きれいでしたし、それまで他社で感じたような違和感もなく、すぐに入社することを決めました。当時は、バブル経済の真っ最中だったこともあり、何もわからずトレーディングフロアで仕事をしたいと思ったことも大きな理由でした。

入社後、半年くらいは人事部で給与計算や保険関係など、いわゆる人事の仕事を一通り担当しました。こうした業務で得た知識や経験は、後に会社を設立する際に大変役立ちました。

ただ、トレーディングの仕事がしたかったので、自ら希望しトレジャリーの部署に引っ張ってもらい、為替オプションのボラティリティ・トレーディングを担当するようになりました。当時、東京の為替オプションのデスクは3、4人程度でした。まだまだ、デリバティブというものが、日本においては生まれたての頃の時代でまさに立ち上げの状態でした。

■24時間マーケットを見続ける

仕事を始めた当初は、結果がダイレクトに出るだけに、非常に楽しく仕事をしていました。ただ、仕事の基本はオプションを買ったり売ったりすることですから、次第に飽きるようになってきました。マーケットの中で儲けることだけが本当に大切な仕事なのだろうか、と思うようになったのです。

日常生活でも、24時間、為替相場を自分で見なければならず落ち着かないものでした。当時は、ポケットロイターという携帯型の情報端末があり、食事に行っても、映画館に行っても携帯し、夜は枕元に置いて寝ていました。常に為替レートやニュースをチェックし、夜中の2時、3時でも、マーケットの動きが気になればポケットロイターを見る。何かあれば夜中であっても自宅に電話がかかってきて、眠れない日々もありました。

こうした生活を続けていると、常に冷静でいられなくなります。結果がうまくいっている時は精神的に高揚しますが、逆に悪い時には 極端に落ち込みます。マーケットの浮き沈みに自分自身の精神状態が影響されていくことが、自分にとって良くないと思えてきました。

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今振り返ると、為替のオプション・トレーディングを続けることで得たものは、混沌とした空間や時間の中にいて、自分が今何を一番に考えるべきか、自分自身をコントロ−ルしようとするようになったということだと思います。もちろん、為替の現場や、仕組み、知識といった点も無駄になっていませんが、それ以上に、精神的に得たものが大きかったと思っています。

仕事の至上命題は「儲ける」ことですが、儲けようとする中で、わからないこともあれば、悩みもあり、うまくいかないことも多くでてきます。そういう時に、自分が冷静にどう考えるか、前向きに気持ちを切り替えて頑張るか、夜中に電気を付けて、ポケットロイターを見ながら、なんとなくフッと、ひらめきのように感じました。

為替オプションのトレーディングという仕事を丸4年続け、同じフロアにいた男性と結婚することになり、退職することにしました。社会人になっても、結婚はしないつもりでしたが、その時は特に悩むこともなく、自然な流れでした。すべてタイミングだと思っています。自分の中では結婚が退職の理由ではありませんでしたが、上司には結婚退職ということで了承いただきました。

■フランスで自由な生活を満喫

結婚後、夫の仕事の都合で、パリに住むことになりました。私は仕事を持っていたわけではありませんでしたので、自由気ままにソルボンヌ大学のサマースクールでフランス語の勉強をしていました。パリには結局、10カ月程度しかいませんでしたが、学校では、イタリア、アメリカ、スペインなど各国の若い男の子、女の子達と過ごすこともでき、非常に楽しく生活することができました。

帰国後、専業主婦の私は子供がいるわけではありませんので、時間を持て余す生活になってしまいました。そして、自分が何かに取り残されてしまったかのような感覚になっていました。

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そんなとき、シティバンクの元の上司から、他の会社に移ったので、一緒に仕事をしないかと誘われました。、私としては、トレーディングにかかわる仕事をしたくなかったから退職したので丁重にお断りいたしましたが、何か仕事をしたいという気持ちにはなっていました。

当時27歳の私は、女性でそれくらいの歳だとどこも雇ってくれないのでは?と思っていました。それならば何か資格を取るしかないと思い、まずは弁護士を調べてみました。ところが、はたして私は、弁護士本来の姿である世の中の弱者を助ける社会派の弁護士になれるのだろうかと考えたとき、自信がなくなりあきらめました。そんなときに初めて、公認会計士という資格を知り、独学で勉強を始めることにしました。

(第3回に続く)


(第1回)依存を嫌った新宿育ちの就職活動
(第2回)為替のトレーディングを通じて学んだ冷静な思考
(第3回)公認会計士からネット証券設立への転進
(第4回)ネット証券からFX事業へ

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