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為替今昔物語

昔物語〜為替と私とその変遷(2)

2003年02月04日(火)

■ブレトンウッズ体制の崩壊

 1971年8月15日、当時のニクソン米国大統領は8項目の新経済政策を発表した。この発表は、戦後25年以上もの間維持されてきたブレトンウッズ体制(固定相場制)に大きな衝撃を与えた。ニクソンショックとして一般的に知られているニュースである。実はニクソンショックと呼ばれるニュースはもう一つある。ニクソン大統領はその1ヶ月前の7月15日にベトナム戦争で北ベトナムを支援し対立関係にあった中国を訪問すると発表した。ベトナム戦争終結の目的での訪中であり、政治的なニクソンショックとも言われている。

新経済政策発表の翌日の8月16日は日曜日であった。朝刊でこのニュースを知り事の重大さを認識したもののどのような影響があるか見当がつかなかった。前日外国為替持高は売持ち(ショートポジション)を維持していたので、少なくても実損は無いが、月曜日以降の外国為替市場がどうなるか不安であった。とりあえず当時の部長の自宅へ電話をいれた。「これから銀行へいきましょうか?」 部長は「今日はマーケットが休みなので、銀行へ行っても何もすることが無い。月曜日で間に合うだろう。」という返事。この一言で精神的に落ち着いたので、今でも鮮明に覚えている。

7月末のドル円相場は357.37と固定相場360円からの変動幅許容限度1%以内であったが、ニクソンショック後は下表の通りドルは急激に下落した。(下表参照)

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■東京外国為替市場閉鎖と市場閉鎖時の外国為替取引

 当時外国為替取引は輸出入貿易取引とサービスの対価等の貿易外取引で外貨交換の必要がある取引に限られていた。(実需取引原則)その為思惑によるドル売りは外為法の規制により出来なかった。しかし、商社は、輸出予約取引を大量に持ち込み、外国為替公認銀行は当局から許容された為替持高限度額一杯のドルの売持をする動きが活発になった。そのためニクソンショック後はドル売り一色となり日銀の再三にわたるドル買介入にも関らずドルは急落した。やむを得ず市場閉鎖をしたのもこの頃である。
 

市場閉鎖とは、為替ブローカーが仲介業務をすることを休止することである。当時、東京外国為替市場の為替取引は為替ブローカー経由取引を原則としていた。為替ブローキングが休止されると、為替相場がなくなり取引が殆ど行われなかった。市場閉鎖時にどうしても為替取引の必要がある場合は、他の為替銀行と相対で取引をしなければならない。

 当時、私は当日の資金繰りでドル不足になるためどうしても当日渡しのドルを買う必要があった。そこで親しくしている他の銀行複数のディーラーに電話して売り相場の提示を求めた。各ディーラーが提示した売り相場は相場実勢とは全く関係なく、ディーラー達の好き勝手な相場を提示するため、私にとって最も有利な相場と不利な相場では5円以上の開きがあったと記憶している。しかも最も有利な相場でさえ市場実勢に比較して数円不利な相場であった。已む無くその相場で買わざるを得なかった。
 
このように相対取引では、相場を提示する側が圧倒的に有利であった。そして、市場閉鎖は円滑な外国為替取引を阻害した。市場閉鎖であっても当日の輸入決済は実行しなければならない。この場合は、前日の相場を仮レートとして適用し、為替市場が再開された日の顧客相場で確定し、差額調整を行なった。
 
為替市場混乱時の流動性が無い時代の懐かしい思い出である。

■スミソニアン体制

 1971年12月に、米国ワシントンのスミソニアン博物館に10カ国の蔵相が集まり、第2の固定相場制といわれるスミソニアン合意がなされた。ドルが切り下げられ(金とドルの交換比率の変更・・1オンスが35ドル38ドルに変更)、新固定相場1ドル=308円が決定した。

しかし、その後もアメリカの貿易赤字の拡大傾向は変わらず、一方ドイツと日本は新しい生産設備を有して貿易黒字の拡大を続けたため、固定相場制は維持できずドル、ポンドおよびフランスフランが下落し続け、マルク、日本円そしてスイスフランが上昇を続けた。

その結果1972年6月にポンドがいち早く変動相場制(フォロート)に移行したことをきっかけとして、1973年3月以降主要国の通貨は変動相場制に移行したのである。

この当時、現在のドル円相場1ドル=120円を予想した者は皆無であったことは言うまでもない。ましてや、1995年にドルの歴史的最安値1ドル79円台を付ける事は想像も出来ない事であった。




Posted by 佐藤利光

プロフィール

佐藤利光

ジェトロ認定貿易アドバイザー / 佐藤利光

日本信託銀行(現三菱信託銀行)で外国為替業務に20年間、資金運用業務に10年間従事。固定相場時代から外国為替ディーラーを勤める。変動相場制移行のきっかけとなったニクソンショックの数少ない経験者。経営者向けセミナーや社内研修などの講師経験豊富。外国為替取引会社代表取締役を経て、平成15年4月1日より国際投資アドバイザーとして独立。ジェトロ認定貿易アドバイザー。

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