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為替今昔物語

昔物語〜為替と私とその変遷(1)

2003年01月17日(金)

明けましておめでとうございます。遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。

■始めに

 個人投資家が外国為替市場に自由に参加できるるようになったのは1998年4月の新外為法施行後の同年10月から僅か4年余り。それまで一般的に馴染みのなかった外国為替市場や外国為替取引について思い出すまま記してみる。

■初めての外国為替取引

 私が初めて外国為替取引をしたのは、昭和40年の事。大学生の私は、沖縄名護町(現名護市)で行なわれるインターナショナルワークキャンプに参加する為、為替専門銀行である東京銀行(現東京三菱銀行)でドル現金50ドルの両替を行なった。当時沖縄は日本の領土でありながら、国連の委任を受けて米軍の統治下にあったため、流通通貨は米ドルであった。ドル現金の換算相場は約360円で、円価換算約18,000円である。因みに、インターナショナルワークキャンプとは、キリスト教プロテスタントの一派クエーカー教がスポンサーとなって行なうボランティア活動である。アメリカ、オーストラリア、タイ、インド、フィリッピン、台湾、香港、韓国、日本そして沖縄など世界各国から集まった約35人の学生が、名護小学校の校庭に大きなテントを張り、その中で寝食を共にしながら、日中は近くの開拓村で道路作りの勤労奉仕を行い、夜は各国の色々な問題について皆でディスカッションをするというキャンプであった。銀行時代一貫して国際業務に携わるようになった原点がここにある。

■東京外国為替市場

 私が銀行に入社した昭和42年当時外国為替市場は1ドル360円の固定相場制であった。東京外国為替市場は、昭和27年にマネーブローカーである東京短資株式会社が外国為替の仲介業務を開始したことに創設されたと言っても過言ではない。何故なら、それまで数行の銀行で相対取引をしていた外国為替取引が、ブローカーを通じて多数の銀行と取引できることになったからである。以降昭和59年に銀行間直接取引が許可されるまで、原則として、外国為替取引は全てブローカー経由取引に限定されていた。
東京外国為替市場取引時間は、前場が午前9時から午前12時まで。後場は午後1時30分から午後3時30分まで。取扱通貨はドル・円のみ。

■ある日の外国為替取引

 午前9時に外国為替市場が始まると同時に、外国為替ブローカーから電話がなる。「今日は売り?買い?」「10万ドル買っといて」しばらくして再び電話が鳴る。「10万ドル361円25銭で買いました。」直物(スポット)取引である。通貨の受渡しは文字通り即座(SPOT)に行なわれる。為替ブローカーが日銀小切手を取りに来て、取引相手銀行から外貨小切手を受領して配達してくれるのである。当日の外貨資金過不足調整を直物取引で行なうのである。固定相場時代ののどかな時代のお話。

前場の後半と後場は、商社や輸出業者から持ち込まれる輸出手形買取により発生する外貨持高の調整取引(主として翌日物取引)と外国為替予約取引のカバー取引(先物市場取引)である。当時は、直物取引(通貨交換を当日行なう取引)と先物取引(通貨の交換を翌日以降に行なう取引)があり、スワップ取引は未だ存在していなかった。

■当時の対顧客外国為替公表相場

 輸出手形の買取金額が多い日は、翌日物の売注文が多くなる為、翌日物相場は10銭〜20銭程度値下がりする。午後3時30分に市場がクローズすると、当日物の取引相場を加重平均して、翌日のドル円対顧客公表相場を決定する。東京市場が終了するとブローカーから「明日の仲値は361円25銭です」と連絡がくるのである。当時日本円はローカル通貨で海外の市場では全く取引されなかったので、相場が変ることはなかった。

ポンド円は、ニューヨーク市場のポンドドルの終値とドル円相場を掛け算してポンド円をだす。マルク円は、ニューヨーク市場のドルマルク相場でドル円相場を割って計算する。因みに各通貨の対顧客売相場(TTS)と対顧客買相場(TTB)の開きはドル円で2円、ポンド円で4円と現在の半分であった。為替ディーリングのような投機的な取引が無く、相場変動幅が1日あたり0〜15銭程度と限定的であったので、銀行手数料率が少なくても収益性はあった。

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■変動相場制移行の兆し

 昭和42年11月、当時のイギリス労働党ウィルソン首相はポントの平価を14.3%切り下げると発表した。1ポンド=2.8ドルを1ポンド=2.4ドルに、1ポンド=1008円を1ポンド=864円に切下げたのである。発表直前の土曜日に当時の東京銀行から「今日はポンドの輸出為替の再割時間を延長して買取る」との連絡があった。一方彼等のルートで情報を入手した商社から銀行営業時間を超えた午後5時過ぎても、ポンド建ての輸出手形が持ち込まれた。それを直ぐに東京銀行に持ち出し再割依頼をしたため、平価切下げにより大きな金額の損失を被ることは無かったことは幸いであった。輸出手形を自社で抱え込んでしまった為大きな損失を被った同業他社の外国為替課長が責任を感じて自殺したとの報道があった。為替相場変動による悲喜交々のニュースの走りとなった悲惨な事件であった。その後、昭和44年8月にフランスフランが11.1%切下げとなり、同年10月に西ドイツマルクが9.3%切り上げられた。そして、昭和46年8月にニクソンショックが起き、外国為替相場は変動相場制へと移行していく。




Posted by 佐藤利光

プロフィール

佐藤利光

ジェトロ認定貿易アドバイザー / 佐藤利光

日本信託銀行(現三菱信託銀行)で外国為替業務に20年間、資金運用業務に10年間従事。固定相場時代から外国為替ディーラーを勤める。変動相場制移行のきっかけとなったニクソンショックの数少ない経験者。経営者向けセミナーや社内研修などの講師経験豊富。外国為替取引会社代表取締役を経て、平成15年4月1日より国際投資アドバイザーとして独立。ジェトロ認定貿易アドバイザー。

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